優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

小六月
大中遺跡公園に隣接する播磨町郷土資料館の裏には昭和59年(1984)に廃線となった別府鉄道のディーゼル機関車DC302号と客車ハフ2号が展示されています。多木製肥所(現在の多木化学)が肥料製品を積みだすために大正10年(1921)に開業。開業当時の社名は別府軽便鉄道でした。
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冬ぬくし
大中遺跡公園ではクスノキの大木が目立ちました。遺跡からクスノキも発掘されたのでしょう。クスノキは関東以西に生育し生長が早く巨樹となります。兵庫県の県の木です。クスノキの木陰に住居跡の遺跡がありました。柱跡が四本わかるようになっています。
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冬の朝
復元された弥生の住まいを順番に見ていると、一軒の家の煙出しから煙が出ているのに気づきました。回り込んでみると「防虫のため煙で燻しています」と張り紙があります。中に係員がおられて、お話をきくことができました。

ここに使われている葦は加古大池で採れたもので、公園内で乾燥させ使っているそうです。実際の弥生時代の住居がどのようなものだったかは基礎の部分しか残っておらず、上の部分は想像に基づいているとのことです。腐ってしまいますから無理もありません。

近隣から採れる材料で風雨を防ぎ眠ったり煮炊きできるような構造となると自然にこういう形の住居になるのだと思います。この住居は葦が見事に整えられており、これは茅葺職人が作られたものだとか。
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冬はじめ
復元された弥生遺跡の住居に入ってみました。葦で葺かれており入口は背をかがめてようやく入れるくらいです。中には柱が二本立っており、奥に炉が切ってあります。家族数人で暮らしたのでしょうか。以前アフリカへ行ったときに訪れたマサイ族の住居を連想しました。
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冬晴
大中遺跡公園には弥生時代の住居が再現されています。国指定の遺跡としては弥生時代後期のものですが、出土品には旧石器時代のものもあります。ここは温暖で海に近く住みやすい場所だったと考えられます。旧石器時代にはナウマンゾウやオオツノジカなども生息しており、それを狩っていたようです。
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ねずみもちの実
大中遺跡公園には弥生時代にそこにあったと思われる植物が植えられています。ネズミモチはモクセイ科の常緑低木で、関東以西の暖かな山地に自生します。実は漢方ではジョテイシと呼び、滋養強壮、利尿、緩下として利用されてきました。

また、実とは別に葉には抗菌作用が、樹皮は解熱剤、根も咳嗽治療として使われるという多くの薬理作用を持っており、弥生時代の人々もこれをさまざまに使ったことでしょう。
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