優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

□◆□…優嵐歳時記(74)…□◆□

    生きていく我に春愁ありにけり   優嵐

深刻な物思いではありません。生きていくことのなんともいえない
哀しさとでもいえばいいのでしょうか。光があふれ、日差しは明るく、
花は咲き、鳥は歌い…、それでありながら、いや、それだからこそ、
ある瞬間に心をとらえるこの物憂さは何なのでしょうか。憂いや
悲しみは、必ずしも何か理由があるから沸き起こるものではない、
ということです。

なんともいいようのないこうした感情を、敏感にすくいとって季語
にしている日本人の感性を素敵だなと思います。この憂い、哀しみは
どこからくるのでしょうか。どうも、人生そのものの、人が人として
ある心の深淵からふわりと立ち上ってくる哀しみだという気がします。

人にうらやまれるような人生を送っている人の心にも、いや、そういう
人の心にこそ、滲み出してくる憂いかもしれません。漢の武帝の
「秋風辞」にある「歓楽極まりて哀情多し」という感じです。


□◆□…優嵐歳時記(73)…□◆□

    芝ざくら陽を敷き詰めて咲きつづく   優嵐

桜が散り始めるころ、それと入れ替わるように庭や土手にシバザクラが
咲き始めます。遠くから見るとまるで土手の表面がクレヨンで塗り
つぶしたようにピンクに染まります。あまりにもびっしりと花が咲く
ので、葉の緑が見えなくなってしまうのです。

シバザクラは北アメリカ原産で、ヨーロッパに渡って世界各国に広
まりました。ハナシノブ科の多年草で、草丈は10cmほど、地を這う
ように広がります。花はピンク、白、藤色、ブルーなどがあり、五弁の
花が桜を連想させるところからシバザクラとの名前がついたのでしょう。
ハナツメクサ、あるいはモス・フロックスとも言います。フロックス
とはギリシャ語で「炎」のことです。

□◆□…優嵐歳時記(72)…□◆□

    紫雲英田に高き真昼の光あり   優嵐

子どものころは、家の周りにいっぱい紫雲英(げんげ)田があり
ました。刈り取りが終わった晩秋から田に水が入れられる初夏まで、
田んぼは一番の遊び場でした。ゲンゲ田では、子どもなら横たわれば
すっぽりと身体が隠れてしまいます。ゲンゲに包まれ、不思議な
安らぎ感とともに霞んだ春の空を見上げていたものでした。まあ、
こんなことをすると決まって服に草の青い汁がついてとれなく
なるのですが。

最近では田んぼで遊ぶ子どもの姿は、すっかり見かけなくなりました。
ゲンゲ田の数も減っています。もうあの中で転げまわって遊ぶような
子はいないのでしょうね。それでも、郊外の宅地が立ち並ぶ一角に
げんげ田が残っているのをみつけたりすると、うれしくなります。
私にとっての"原風景"のひとつなのかもしれません。

□◆□…優嵐歳時記(71)…□◆□

    どこからか雨の気配の春の闇   優嵐

今日の姫路は、午前中まで日差しの輝く気持ちのよいお天気でしたが、
午後から低気圧の接近で急速にお天気が下り坂に向かっています。
天気予報によると、今夜から明日午前中にかけて兵庫県南部地方は
雷をともなう雨に見舞われそうです。

「春の闇」とは、本当の暗闇を指してはいません。水気を含んだ、
どこかにほ明るいような、そういう柔らかい春独特の夜の暗さを
表しています。木々の芽吹きや花の香など、生命の萌え出る匂いも
含んで、どこか艶めいた闇でもあります。

□◆□…優嵐歳時記(70)…□◆□

    ラーメンをすする人乗せ山笑う   優嵐

久しぶりに山へ行ってきました。俳句では春の山を「山笑う」と詠み
ます。出典は中国宋代の禅宗の画家郭煕の「春山淡冶にして笑ふが如く」
にあると言われています。春を迎えた木々がしだいに芽吹き、山の色
が潤みを帯び、春日に照らされた山が笑みを浮かべているようだ、
というたとえです。峻険な山にはこういう感じはあまりありませんが、
中国山地のようななだらかな低山にはぴったりの形容でしょう。

山に登ると、山頂でラーメンを作ります。具も何も入っていないのに、
山の上で食べるラーメンのおいしさは格別です。今日はとてもいい
お天気で、風もほとんどなく、1000m近い山頂から周りの山々や、その下
に広がる集落、川筋などをながめ、のんびりラーメンをすすりました。
ときおり鶯の囀りが聞こえ、目の前を滑るようにイワツバメが飛び交い
ます。眼下の谷では、まだヤマザクラが花をつけていました。

□◆□…優嵐歳時記(69)…□◆□

    背後より花びら流れ春深し   優嵐

姫路では、桜が葉桜に変わり八重桜がそろそろ散り始めています。
桜前線はいまごろ東北地方にさしかかっているところでしょうか。
北東北の桜の季節はゴールデンウイークのころ、北海道はさらに
遅く5月半ば。そのころ沖縄ではそろそろ梅雨入りです。

季語を見ていると歳時記の季感は中国、近畿地方から関東地方に
かけてのあたりが最も近いなと感じます。俳句、さらにその前の
和歌が発達した場所が主に京都と江戸だったという歴史的な背景が
あるでしょう。

今日は少し気温が低めの姫路でした。しかし、葉桜から新緑のころは
暑からず寒からず、もっともしのぎやすいころです。日も長く、山々
の明るい色に誘われて、どこかへ出かけたいという気持ちが強く
なります。

□◆□…優嵐歳時記(68)…□◆□

    麗らかやちょろと目を開け新生児   優嵐

「麗らか」とは春の陽が輝き、すべてのものが柔らかく美しく見える
様子を表しています。「春の麗の隅田川」と歌われるそのさまです。
鮮明さ、明快な感じをともなう美しさで、春日遅々としたのどかさに
も通じる語感があります。古くは「うらうら」などとも使われ、
万葉集では、大伴家持が「うらうらに照れる春日に雲雀あがり
心かなしも独りし思へば」と詠んでいます。

私は保健師で、今日、新生児訪問に行ってきました。生後13日の
女の子です。身体計測をするために服を脱がせると、ちょろっと目を
開けました。少し驚いて泣き出しましたが、お休みで家にいらっしゃった
お父さんがしばらく腕に抱いてあげていると、ほやほやと眠ってしまい
ました。柔らかな空気が部屋を満たしていたひとときでした。

□◆□…優嵐歳時記(67)…□◆□

    たんぽぽの綿毛輝く朝になり   優嵐

タンポポはキク科タンポポ属の多年草の総称で、日本だけで二十数種類、
全世界では四百種類を越えるタンポポがあります。土手や堤に黄色い花
(まれに白もあります)を咲かせるタンポポは、スミレやレンゲとともに
春の野草の代表選手です。花の時期が終わると白い冠毛になり、風の力
を借りて、種を遠くに飛ばします。このとき、タンポポは種を飛ばし
やすくするために、茎を少し長く伸ばすのだそうです。

田んぼの畦を黄色く彩っていたタンポポも順々に綿毛に模様替えをして
います。一斉に綿毛になるのではなく、同じ株から出た花にも遅速があり、
タンポポなりの戦略があるようです。別称は「鼓草」といい、花の形が
鼓に似ているからだといわれています。タンポポという名称は日本語らしく
ない名前ですが、鼓を打つ「タンタンポポ」という音色から生まれたの
だということです。

□◆□…優嵐歳時記(66)…□◆□

    東京のビルにこそ映え八重桜   優嵐

先週末は、ISIS編集学校の師範代研修で東京に行ってきました。東京
は姫路より季節の歩みが一足速く、街路樹として植えられている八重桜
は満開、ハナミズキもほぼ満開でした。

東京や大阪といった大都会へ行くと、いつも胸のあたりが詰まった
ような感じを受けます。高層ビルの谷間を歩くので視線がまっすぐ先へ
抜けていかず、それがこの圧迫感の原因なのだろうと解釈しています。
東京の空はずっと上の方にあります。

八重桜は田畑の多い私の職場の近所でも咲いていますが、以外にあの
ぼってりとした花は田舎より都会にあうのではないかと感じました。
高層ビルのガラスの煌きやアスファルト、舗道の敷石によく似合うの
です。

□◆□…優嵐歳時記(65)…□◆□

    天指して銀杏幾千芽吹きけり   優嵐

今日は初夏を思わせる陽気の姫路でした。昨日の雨とはうって変わり、
バイクで走るには最高の天気です。四月に配置転換で今の職場に移り、
自宅からは、ほんの少しだけですが距離が遠くなりました。それまで
はMTBで通っていたのですが、今は、晴れた日はホンダスーパー
カブ、雨の日は車という使い分けをしています。オートバイ(250cc
のカワサキスーパーシェルパ)で通ってもいいのですが、朝の通勤
ラッシュの国道、すり抜けて行くにはカブの方が小回りが効いていい
のです。

職場の近くのスポーツ公園にイチョウの並木があります。イチョウは
古い時代に日本に渡来し、お寺や神社の境内や街路樹として広く植え
られています。秋の輝くような黄葉がおなじみですが、今は小さな
イチョウの葉が枝からいっせいに顔をのぞかせています。

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