優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

□◆□…優嵐歳時記(41)…□◆□

    新しき腕時計して春の宵   優嵐

宵とは、夕よりもやや遅く、まだ夜にもなりきらないひとときのこと
を指しています。このひとときが徐々に長くなっていく春、どこか
ゆったりとくつろいだ気分に包まれます。「春宵」「宵の春」とも
言います。和歌には「春の宵」を詠んだものは皆無といっていいほど
で、この季語の成立には今も広く親しまれている中国北宋の詩人蘇軾
(そしょく)の詩「春宵一刻値千金、花に清香あり、月に陰あり」の
存在があるでしょう。

昨日、腕時計を買いました。最近ソーラー式の腕時計2本がダメになり、
探していたというわけでもないのですが、ふと目にとまりました。
簡素な丸い時計です。空色の文字盤と、同じ空色のバンドが気に入り
ました。ケースから取り出して腕につけてみます。まだ腕に馴染んで
いないバンドの感触が新鮮です。ほんのちょっとしたものでも、気に
入った新しいものを身につけるというのは心華やぐものです。

□◆□…優嵐歳時記(40)…□◆□

    椿咲く開山院への道すがら   優嵐

一般に「椿」と言えば「藪椿」を指します。海岸から低い山地に自生し、
別名「山椿」とも呼ばれます。園芸品種としても楽しまれ、その品種は
五百種を越えます。日本原産の椿は中国からヨーロッパ、アメリカなど
世界各地に広まり、さまざまな改良が加えられ、世界中で愛されていま
す。あっという間に咲いて散ってしまう桜が日本の春の象徴だとしたら、
花期の長いツバキはその漢字からも、日本の春を代表する花だと言える
でしょう。

昨日訪れた法華山一乗寺にもヤブツバキが咲いていました。海の見える
明るい場所に咲いているのもいいですが、こうしたほの暗い森の一角に
赤い花がちらちらと見えるのもいいものです。硬くて緻密な材を縄文人
は道具や櫛に用いました。

散るときは花びらとならず、花全体がぼたりと落ちるため、武家に嫌わ
れたという俗説がありますが、これは全くの嘘です。徳川秀忠をはじめ
多くの武将の愛好者がいました。椿の落ちるさまも俳句では「落椿」と
いう季語になっています。とくに苔の上に落ちた椿は美しいものです。

□◆□…優嵐歳時記(39)…□◆□

    手のひらに触れし花粉よ榛の花   優嵐

今日、隣町の加西市にある西国二十六番札所法華山一乗寺へ行って
きました。ここは1171年に建てられた国宝の三重塔で有名です。
藤原様式の優美な塔で、いくら見ていても飽きません。山の中の
お寺で、三重塔から少し歩いて開山堂あたりまで行くと、木々が
鬱蒼としています。

そこからさらに山の中に入ってみました。ハンノキがあちこちで花
を咲かせています。雌雄同株で雄花は暗紫色の円筒状で垂れ下がって
います。およそ花らしくない花ですが、ふれてみると花粉がいっぱい
つきました。小林一茶はこの花の姿を「はんの木のそれでも花の
つもりかな」と詠んでからかっています。

□◆□…優嵐歳時記(38)…□◆□

    人生を惰性に流し春炬燵 優嵐

春の炬燵というのは微妙なものです。私が使っている暖房器具は炬燵
だけということもあるのかもしれませんが。冬の間や春もまだ浅い
ころは、炬燵は生活必需品です。部屋に戻って真っ先に電気炬燵の
スイッチを入れ、そこにもぐりこんで暖かい飲み物を飲むときなど、
本当にほっとします。

しかし、春も深まって、桜のころともなれば、時に異様に暖かい日が
あって炬燵の存在がうっとおしく感じられるようにもなります。ところが、
またある日には寒さがぶり返したりするものですから、炬燵を片付けて
しまうわけにもいきません。そんなこんなでだらだらと桜が散り果てて
しまうころまでは炬燵が部屋に居座ることになります。

□◆□…優嵐歳時記(37)…□◆□

    内示出て悲喜こもごもの彼岸かな 優嵐

春分の日、秋分の日を中日として、その前後三日間ずつを「彼岸」と
言います。彼岸は梵語の波羅(para)の漢訳で、生死流転に迷うこの
世界(此岸)に対して、煩悩の流れを越えて到達した悟りの世界を指
しています。俳句では、春の彼岸は単に「彼岸」と呼び、秋の彼岸は
「秋彼岸」「後の彼岸」と言います。

今日、私の職場では4月1日づけの人事異動の内示がありました。私
も3年いた現在の部署を移動することになりました。私の職場は引越
しを伴うようなおおごとの人事異動はありません。それでも、人々の
思惑が交錯し、喜ぶ人、怒る人、嘆く人とさまざまです。宮仕えをす
る以上誰もが避けて通れないことなのですが。

□◆□…優嵐歳時記(36)…□◆□

    春の夜のテニスコートを縦横に 優嵐

福岡で桜が咲き始めたそうです。姫路城の開花予想は3月22日。今年
は2月がとても暖かかったので桜の目覚めが早いのだとか。今夜は
ナイターでテニスをしてきました。つい先週まで手袋、スタジアム
ジャンパーといういでたちで、プレーしていたのに、今日は、少し
動くと汗ばんで、上は半袖のポロシャツだけになりました。

今日の季語は「春の夜」です。「春」という言葉の語源は「木の芽は
る」の「はる」だという説があり、春という言葉そのものに生命の躍
動が感じられます。テニスコートのまわりの広葉樹も芽吹きの時期を
迎えています。ラケットを抱えて戻りながら、夜気の中にその気配を
感じました。今日は旧暦の如月27日、月の出は遅く、闇の中に暖かな
生命の息吹です。

□◆□…優嵐歳時記(35)…□◆□

    残雪の嶺は夕陽を浴びており 優嵐

昨日、オートバイで鳥取まで行ってきました。最初は千種町から林道
を走ろうかと思ったのですが、雪のために三月いっぱいは閉鎖されて
いました。そこで、波賀町に入り、国道29号へ。姫路と鳥取を結ぶ国
道ですが、このあたりまでくると、車の通行もほとんどありません。
信号も無く気持ちよく走ることができました。鳥取県境の戸倉峠にも
雪が残っていましたが、こちらは国道、きちんと除雪してあります。

ブナ林の間を走り峠のトンネルを抜ければ鳥取県です。今日は何の計
画もなく、午後からバイクを走らせてきたので、鳥取市までは行かず、
きた道を引き返しました。夕陽を背に東に向かって走ります。目の前
に雪を被った氷ノ山(1,510m)の姿が見えます。夕陽を浴びてほんのり
桜色。この季節ならではの情景です。道路標示には姫路100kmとの表示。
それでも完全に夜になりきってしまう前に家に帰りつくことができま
した。

□◆□…優嵐歳時記(34)…□◆□

    春場所の力士の肌の紅潮す 優嵐

今日、大阪府立体育会館へ春場所の初日を見に行ってきました。
大相撲は現在おこなわれている六場所すべてが季語になります。
本場所の取り組みを見るのはこれが二度目です。館内には力士の
鬢付け油の香がほのかに漂っています。また行司、呼び出しを
はじめ、関係者が独特の衣装に身を包んで、きびきびと働いている
姿を見るのも楽しいものです。

三段目の途中あたりから会場に入りました。まだ館内はがらがらです。
その前で塩もまかずに簡単な仕切りだけをして、次々と取り組みが
おこなわれていきます。十両に入ると、とたんに土俵は華やかになり、
関取たちは色とりどりのまわしに大銀杏で登場です。

生で見る力士の身体の艶に驚きました。特に調子のいい力士の肌は
輝くようです。結びの一番は朝青龍でしたが、彼の肌の艶、身体の
しなやかさは群を抜いていました。強いわけですね。

□◆□…優嵐歳時記(33)…□◆□

    卒業す柱の傷を追い越して  優嵐

日本では、小学校から大学まで卒業式は2月下旬から3月下旬まで
の一ヶ月間に集中します。慣れ親しんだ友人や先生と別れ、学校の
建物を後にする感慨には特別のものがあります。

今日は、中学の卒業式でした。中学の3年間というと、幼児期を除
けば人が最も激しく変貌する3年間ではないでしょうか。子どもと
して入学し、青年として卒業していきます。第二次性徴が現れ、精
神的にも大きく飛躍します。昔なら、とうに元服し大人の仲間入り
です。

ドイツ語では「あなた」を表す言葉が二種類あります。ごく親しい
人や子どもに対して用いられる"Du (ドゥ)"と、敬称として用いら
れる"Sie (ズィー)"です。教師が生徒を前にしたとき、15歳あたり
を境によびかける言葉が"Du"から"Sie"に変わるそうです。生徒とい
えども一人前の大人とみなして話す、ということなのでしょう。

□◆□…優嵐歳時記(32)…□◆□

    暖かき雨が降りける街路樹に   優嵐

季語としてふさわしく感じられてくるのは、これからの時期でしょ
う。関西では、東大寺のお水取りが終われば暖かくなると言われて
います。何をもって暖かいと感じるかはそれぞれの皮膚感覚による
でしょうが、気温が15度を越えると、暖かく感じられるのではない
でしょうか。

今日の姫路はお昼ごろにお天気が崩れ、少し雨が降りました。雨は
しかし、冬の冷たいものではなく、少しくらい濡れても気になりま
せん。『月形半平太』で、芸者梅松に「月さま、雨が…」と問われ、
半平太が答える「春雨じゃ、濡れてまいろう」は、まさに実感のこ
もった台詞なのです。これからは一雨ごとに暖かくなっていくこと
でしょう。

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