優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

□◆□…優嵐歳時記(343)…□◆□

   浅春のほほに風受け路地を行く  優嵐

「浅春(せんしゅん)」または「春浅し」「浅き春」などと
詠みます。立春で暦の上では春になってはいるのですが、
実際の気温ではまだまだ寒さが続きます。それでもやはり
春は春、わずかながらもその寒さの中に春らしい気配が
漂ってきます。

今日も比較的暖かな姫路でした。夕暮れ時に買物に出ました。
少し風がありましたが、それは真冬の北風ではなく、まぎれも
ない春のやわらかな気配を含んだものでした。こんなときは
なんでもないことながら、うれしくなります。

□◆□…優嵐歳時記(342)…□◆□

   明るさに驚く春のはじめかな  優嵐

「春初(はるはじめ)」または「初春(しょしゅん)」と
詠みます。「はつはる」と読むと新年の季語になってしまう
ところがちょっとややこしいですね。空気はまだ寒の名残を
とどめて冷たいのですが、日ざしの強さはすでに11月半ば
ころと同じです。

気温の変化は一般に光の変化から一ヶ月半ほどしてやって
きます。日本の二十四節季などの四季の分類は光を基準に
しているところがあります。寒さのきわまったところで
立春になるのです。しかし、間違いなく光は明るくそこに
「光の春」があります。

とはいえ、今日の姫路は先日の冷え込みとはうってかわって
気温があがり、どことなく春めいた感じの一日でした。こう
して寒い日と暖かい日を繰り返しながら少しずつ春は本格的
になっていくのですね。

□◆□…優嵐歳時記(341)…□◆□

   春立つ日こころに生まれしもののあり  優嵐

今日は立春。二十四節季は立春に始まり、大寒におわります。
季節がひとめぐりしたわけです。「優嵐歳時記」の最初の季語
は「立春」でした。昨日、一昨日にくらべると寒さがいくぶん
和らいで、春の訪れを感じられる一日でした。

北国ではまだとうぶん寒い日が続きますが、南からは梅の
便りが届いたり、木の芽が膨らみ始めるなど、すでに季節
が次へと移り変わっています。立春という語感にも、先駆け
て春を味わうような響きのよさがあります。寒は明け、これ
以後の寒さは「余寒」「春寒」と呼ばれます。

□◆□…優嵐歳時記(340)…□◆□

    節分や折紙で折る鬼の角  優嵐

暦の上では今日で冬が終わりです。寒さはまだまだ厳しい
ですが、明日から春です。なんだか、いいですね。気持が
明るくなります。関西では節分に海苔巻きを切らずに丸
かぶりするという習慣があります。どうやら大阪が発祥の
地らしいですが、いまではかなり全国的にもポピュラー
になってきたようです。

その海苔巻きを「恵方巻」といいます。海苔巻きに包丁を
入れないのは縁を切らないためだそうです。毎年、歳神
さまのいらっしゃる方角に向かって、無言で食べるのが
正しい作法です。今年の恵方は「西南西」でした。私も
もちろん食べました。イベント好きの日本人、なんですね。

□◆□…優嵐歳時記(339)…□◆□

    雪だるまに出迎えられて帰宅する  優嵐

昨夜からの冷え込みで朝は雪が積もっていました。
半日仕事を休んでしまいました。温暖な地域ゆえ、車の
足元はまったくのノーマルタイヤです。チェーンはもって
いますが、無理して出かけて渋滞にまきこまれたり、
事故をおこしたりしてはたまりません。

幸い、雪は朝のあいだにあがり、すぐに明るい日差しが
さしてきました。日向の雪はすぐに解けますが、日陰には
帰宅したときも雪が残っていました。そして、小さな
雪だるまがふたつアパートの入り口の脇に座っていました

□◆□…優嵐歳時記(338)…□◆□

    寒波来る二月の空の茜雲  優嵐

この冬一番の寒気の襲来で一日中寒い姫路でした。
朝はうっすらと雪が積もっていました。日陰では道
が凍っていて、ハンドルをとられそうになります。
慎重に運転しました。

夕方になってさらに気温が下がり、今夜は冷え込み
そうです。窓の外で風の音がしています。今日から
二月、暦の上ではあと二日で立春、冬は終わります。
しかし、ニ月いっぱいはまだまだ寒い日が続くで
しょう。

□◆□…優嵐歳時記(337)…□◆□

    寒月のかかるを見つつ東京へ   優嵐

日曜日はISIS編集学校の「感門之盟」に出席するために
日帰りで東京にいってきました。朝、家を出たときはまだ
真っ暗で、姫路駅に停まる最初の「のぞみ」に乗りました。
乗車するときに空を見上げたら、下弦の月がかかって
いました。

東京に着いたのは朝の9時半。新幹線から出ると姫路より
寒く感じました。風のせいだったでしょうか。日付が変わる
ころ姫路に戻ってきた私を迎えてくれたのもまた寒月でした。


□◆□…優嵐歳時記(336)…□◆□

    昇りくる月はおぼろに冬霞   優嵐

昨夜はテニスをしてきました。帰ろうとしていると山の端
から月が昇ってきました。風がなく暖かい夜でしたので、
月がぼんやりとまるで春のようにかすんで見えました。
「霞」も「おぼろ」もそれだけで使えば春の季語になります。

日中も暖かくもう春といっていいような雰囲気が漂って
いました。しかし、日曜は寒くなるとの予報。こうして
暖かい日と寒い日を繰り返しながら少しずつ本格的な春に
なっていきます。

□◆□…優嵐歳時記(335)…□◆□

    それぞれに新しき明日冬銀河   優嵐

私は3年前から、インターネットで繰り広げられる学びの
場「ISIS編集学校」にかかわりを持たせていただいてい
ます。今日、4ヶ月前に始まった教室の終了でした。
大人になるとなかなかものごとの区切りというものは
つけにくいものですが、ここでは確実に「終了」という
ものがあります。

4ヶ月前にはまったくまっさらの状態で出会った人々が
いろいろな言葉をかわしあい、顔は見えないけれど、脳
の中を見せ合うようなやりとりを続けた末の終了の日。
それぞれの胸に感慨深いものがあります。そしてまた、
それぞれの明日へ、新しい出会いへ。素晴らしいことだと
思います。

□◆□…優嵐歳時記(334)…□◆□

    曇天に耕し深く春隣   優嵐

そろそろ光の中に春を感じるころになりました。寒さは
まだこれからですが「光の春」といわれるように春は
日ざしのなかからやってきます。寒く暗い冬の終わりを
待ちわびる気持がこの季語には感じられます。特に北国
ではその思いが強いでしょう。

職場のまわりの田んぼの一部が耕されていました。鈍い
曇り空の光の中でさえ、それは来る春をふと感じさせて
くれるものでした。季節の訪れを敏感に感じ取ること、
それが俳句を詠んでいる楽しさだな、と思います。

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