優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

□◆□…優嵐歳時記(323)…□◆□

     書くことの楽しくなりぬ寒の雨   優嵐

この週末はお天気がいまひとつの姫路でした。いまも戸外では
雨音がしています。寒中に降る雨を「寒の雨」といいます。冬の
雨のうち、特に寒という時期を限定したもので、単に冬の雨より
寒さも冷たさもいっそう厳しい感じがあります。

冷たい雨が降っている日はどこへも出かけず、部屋の中で本を
読んだり書きものをしたりして過ごします。ちょっと疲れたら
お茶をいれたり、みかんをむいたり、コタツでごろ寝をしたり。
そういうなんでもないひとときも実に楽しいものです。

□◆□…優嵐歳時記(322)…□◆□

     人といて人と別れて息白し   優嵐

白い息は寒さの象徴です。暖房の効いた屋内から一歩外へ出た
とたんに吐く息が白くなり、視覚でも寒さを実感します。なぜ
息が白くなるかといえば、温かい体内から出た呼気の中の水分
が、冷えた空気に触れて急速に細かな水滴になるためです。

冬の朝の出勤する人々、耐寒走の高校生など、寒気の中で生き
生きと活動している人の姿を表す季語です。冬の季語には
人の姿を寄せ付けない厳しさを詠うものもありますが、これなど
人の温かい体温を感じ、それもまた冬ならではの趣があります。

□◆□…優嵐歳時記(321)…□◆□

    風花や坂の向こうに時計搭   優嵐

「風花(かざはな)」は晴れているのに、風に乗って雪片が
ひらひらと舞うことです。昨日、一昨日と冷え込んだ姫路では
風花が舞いました。寒いのですが、明るさと軽やかさを感じ
させてくれる季語です。

「かぜはな」「かざばな」と読む場合もあるようですが、
「かざはな」がもっともポピュラーな読み方でしょう。俳句の
場合は意味だけでなく、語感も大事です。KAZAHANAと母音が
「あ」でつらなり、濁音が少ないことが美しいイメージに
つながっているのではないか、と思います。

□◆□…優嵐歳時記(320)…□◆□

    北風の明るき中を歩きけり   優嵐

暖房の効いた南向きの事務所の中にいると日中でもシャツ一枚
で十分だと思えるほどです。しかし、一歩外にでると、明るい
日ざしがあっても、風は厳寒期の冷たさです。冬型の気圧配置が
強まると、天気図の等高線の間が狭くなり北西の季節風が吹いて
いかにも「冬」らしいお天気になります。

しかし、「北風」は意外にも季語としては比較的新しく、季語と
して定着したのは明治半ば以降のようです。それ以前は「冬風」
といっていたようですし、和歌の時代は「雪」は詠んでも「北風」
は厭われるだけで風雅な思いは呼び起こさなかったのかもしれま
せん。

□◆□…優嵐歳時記(319)…□◆□

    寒中に球追うことのおもしろき    優嵐

12月は記録的な暖かさだったようですが、さすがに年が
明け、寒に入って本格的な冷え込みになっています。今日は
2005年になってから初めてテニスをしてきました。約3週間
ぶりでしたが、やっぱりおもしろいですね。球を追って集中
する一瞬が好きです。それと、相手の取れないようなところ
にうまくボールを運べたとき。

ボールという遊具、大きさを変え性状を変え、これほど年齢
に関係なく人を楽しませてくれる道具も珍しいだろうと思い
ます。夜に入ってしんしんと冷えてきたコートでしたが、
ボールを追って走り回っていると、いつしか汗ばんできます。
久しぶりに身体を動かして、すっきりしました。

□◆□…優嵐歳時記(318)…□◆□

    凍雲に陽の名残見て帰宅する    優嵐

今日の姫路はいいお天気でしたが、気温が低く時おり雪片
が舞い散っていました。「凍雲」とは、冷え込んだ空で
じっと動かず、凍りついたように留まっている雲のこと
です。日没が徐々に遅くなり、冬至のころならすでに
真っ暗だった帰宅時間にも空に明るさが残るようになりま
した。

年末に風邪をひくまでは、バイクで通勤していたのですが、
このところ車に切り替えています。暖かく着込んで乗れば
バイクもなかなかいいものですが、ちょっと億劫になって
いる今日このごろです。

□◆□…優嵐歳時記(317)…□◆□

    寒晴に並べて干すや青きシャツ    優嵐

寒中の晴天のことを「寒晴(かんばれ)」といいます。
瀬戸内気候の姫路では冬は温暖で晴れた日が続きます。
今日もいいお天気で洗濯日和でした。冬は脊梁山脈を
はさんで太平洋側と日本海側では全く異なるお天気になる
のが日本の特徴です。日本海側では冬の晴れ間というのは
めったにないことなのかもしれません。

以前、冬の日本海側を通って新潟へスキーに行ったことが
あります。海も、空も何もかもが色を失い、灰色をして
いて驚きました。青空が広がる冬の中で育つのと、雪雲
の下で育つのと、やはり人間形成に大きな影響を与えるの
ではないか、と思った瞬間でした。

□◆□…優嵐歳時記(316)…□◆□

    冬の霧静かに夜の街包む    優嵐

昨夜の姫路は夜に入ってから霧が出ました。単に「霧」と
いえば、秋の季語になります。朝にはすっかり霧が晴れ、
冷え込んで霜がおりていました。年末にひいた風邪をまだ
少し引きずっている私は、この三連休どこへもでかけず
家でゆっくりすることにしています。

今日はとてもいいお天気でしたので、ちょっともったいな
かったのですが、近所の郵便局まで散歩しただけで、おわり
にしました。北風は冷たくても、日光に力が戻ってきている
ということを実感しました。冬は深まっていますが、春の
気配ももうそこに来ているのがわかります。

□◆□…優嵐歳時記(315)…□◆□

   さっぱりと冬枯道を帰りけり    優嵐

「冬枯(ふゆがれ)」とは、冬が深まって野山が枯れ一色と
なった景色をいいます。冬枯れの景もまた古くから日本人の
心をとらえてやまないものです。この枯れの景色も、緑の
春夏があればこそだと思います。

落葉樹は完全に葉を落としきって、雑木林はすっからかんの
風情です。乾いた風が吹き、ごちゃごちゃうっとおしいものは
すべて背後において、どこかへ行きたくなります。

□◆□…優嵐歳時記(314)…□◆□

   寒の夜の熱き讃岐うどんかな    優嵐

一昨日の五日が「寒の入」でした。これから節分(2月3日)
までが「寒の内」です。小寒に続いて大寒(1月20日)
に入り、一年中で最も寒い時期です。この寒の最中に昔から
「寒参(かんまいり)」「寒垢離(かんごり)」「寒稽古」
などがおこなわれてきました。

身の引き締まるような寒さの中で、それを逆に心身を鍛える
ものとして利用しようとしてきた先人の知恵がうかがえます。
今夜は讃岐うどんを食べました。寒に鍛えるのもいいですが、
寒さの中で熱々のものをふうふうしながら食べるのもいいもの
です。

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