□◆□…優嵐歳時記(1798)…□◆□

  板の間へ素足で降りる春暑し   優嵐

森を歩いていると、もう初夏の雰囲気がそこここに漂っています。木々の若々しい緑が美しく、それだけで幸せな気分です。生命がそこに宿っているということの輝くような美しさ、これはやはり人工物では出せない、内側から光が発せられているような美しさです。

これは、動物でも人でも同じで、生きている人の目や肌の美しさは人工物では表現できません。だからこそいいんだろう、と思います。おそらくどんなに技術が進んでも生花の美を超える造花や、生の人間の声を超えるボーカルソフトなどは生まれないでしょう。「生きている」ということの有り難さ、生命というものの不思議さを感じます。

090423