□◆□…優嵐歳時記(2092)…□◆□

  今日風のやわらかくあり春初   優嵐

初春を「はつはる」と読むと、新年の季語になります。春の季語として用いる場合は「しょしゅん」と読みます。「春初(はるはじめ)」「孟春(もうしゅん)」「上春(じょうしゅん)」とも言い、およそ二月にあたります。春が訪れたいきいきした感覚を詠みたいと思います。

NTTdocomoが10日から、ZARDの『負けないで』を起用したバンクーバー五輪の応援CM「応援inバンクーバー」編を全国で放送しています。『負けないで』がCMに起用されるのは初めてです。同社が調査専門会社を通じておこなった意識調査で、『負けないで』が応援ソングのダントツ一位だったという結果を受けてのことだそうです。

変なたとえですが、敗戦後の日本人を励ましたのが『りんごの唄』だとすれば、バブル崩壊後の日本人を励ましたのが『負けないで』です。売れる歌はたくさんありますが、歴史に残る歌というのは、それとは次元の違う輝きを放つものです。2月10日はZARDの誕生日(デビュー)でもあります。これもひとつのシンクロニシティでしょうか。

ZARDがデビューしたのは91年2月10日です。19周年になりますね。8番目のシングル『揺れる想い』(93.5.19)はZARDの代表曲のひとつであると同時に、90年代のJ-POPを代表する名曲といっていいでしょう。今日はこの曲について書きます。

『揺れる想い』はZARDが2004年におこなった初のライブツアー"What a beautiful moment"のオープニングに使われました。坂井泉水さんにとっては生涯最初で最後のライブツアーです。この歌の後、彼女が「初めまして」と挨拶をします。ZARDのことをよく知らなかった私は、「デビューして10年以上になるのになぜ初めましてなの?」と不思議に思ったものでした。

揺れる想い 


大ヒット曲であるだけに、魅力あるフレーズが並んでいます。
---好きと合図送る 瞳の奥 覗いてみる振りして キスをした
これは、『負けないで』の
---ふとした瞬間に 視線がぶつかる 幸運(しあわせ)のときめき 覚えているでしょ
に匹敵する鮮烈なフレーズだと思います。

こういうきらめくような瞬間こそが恋の喜びなのですが、それを壊さずにすくいとって詞に結晶させるというのは容易なことではありません。表現は、ともすれば月並みになりがちです。しかし、坂井泉水さんはミューズの裳すそをつかむことに成功しています。

さらに、俳句的な視点でこの詞を見たとき、私がうまいなあと思うのはもう少し地味なフレーズです。
---夏が忍び足で 近づくよ きらめく波が 砂浜潤して
ここの「潤して」です。「潤して」という言葉をここで使える人はそんなにいないでしょう。しかも使われ方の絶妙さに驚きます。

夏が忍び足で近づいているわけですからこの歌の時季は晩春です。桜は葉桜になり、日が長くのどかで柔らかな空気が辺りを包んでいるでしょう。そんなときの砂浜に寄せてくる波、<砂浜を潤す波>はその時しかないな、と思います。これを試しに俳句にして四季をそれぞれにあてはめてみます。

砂浜を潤してゆく春の波
砂浜を潤してゆく夏の波
砂浜を潤してゆく秋の波
砂浜を潤してゆく冬の波

いちばんしっくりするのが「春の波」だと感じられませんか? 夏の波はもっと躍動的だし、秋の波はやや寂しげ、冬の波は冷たく荒々しいでしょう。潤すのはやはり春の波だと感じられます。それも空気全体が潤んでくる春半ば以後、そんな感触です。さらに波が「潤して」いくのは砂浜だけではありません。恋が始まったばかりの主人公の心も潤していくのであり、波は外側の情景と主人公の心象をつないですべてを潤していくのです。

夏を擬人化して忍び足をとらせるレトリックも素晴らしいですね。これも忍び足になるのが他の季節だとどうかな、と感じます。秋や冬が忍び足でやってきたら、凋落していくようで恋の始まりにはふさわしくありません。春の訪れは誰もが待望しているわけですから、こちらも忍び足では近づかないでしょう。夏しかありません。

追悼番組で、スタッフの方がZARDの詞を「練りに練った言葉」と形容されていました。こうしてあらためて見ると本当にそうだと気がつきます。