□◆□…優嵐歳時記(2286)…□◆□
新涼の朝の川へと網を打つ 優嵐
残暑は続いていますが、少し涼しさを覚えるようになってきました。23日は二十四節気の「処暑」でした。いくら暑いといってももう峠を越える頃です。風に清新な冷気が加わっているのが感じられ、早稲の田が色づいてきました。
「涼し」は夏の季語ですが、「新涼」は秋に入ってから感じる涼気を指します。まぎらわしいといえばそうなのですが、この微妙なところを楽しむのが俳句の面白さです。日本人の言葉に対する繊細な感覚を味わえます。
<処暑>
立秋から十五日
毎年少しずつ差はあるものの
季節は確実に巡る
地軸の傾きと日本列島の位置がもたらす
繊細な季節の変化
地球という星はありふれたものと
かつては考えられていたけれど
宇宙物理学が発展するほど
ちょっとありえないほどの偶然が重複した
特異な惑星だとわかってきている
なんでもなくすぎていく日常と
思っているのは私たちだけで
コンビニのお弁当やケータイのメールさえ
奇跡の十乗を持ってしても
足りないものかもしれない
新涼の朝の川へと網を打つ 優嵐
残暑は続いていますが、少し涼しさを覚えるようになってきました。23日は二十四節気の「処暑」でした。いくら暑いといってももう峠を越える頃です。風に清新な冷気が加わっているのが感じられ、早稲の田が色づいてきました。
「涼し」は夏の季語ですが、「新涼」は秋に入ってから感じる涼気を指します。まぎらわしいといえばそうなのですが、この微妙なところを楽しむのが俳句の面白さです。日本人の言葉に対する繊細な感覚を味わえます。
<処暑>
立秋から十五日
毎年少しずつ差はあるものの
季節は確実に巡る
地軸の傾きと日本列島の位置がもたらす
繊細な季節の変化
地球という星はありふれたものと
かつては考えられていたけれど
宇宙物理学が発展するほど
ちょっとありえないほどの偶然が重複した
特異な惑星だとわかってきている
なんでもなくすぎていく日常と
思っているのは私たちだけで
コンビニのお弁当やケータイのメールさえ
奇跡の十乗を持ってしても
足りないものかもしれない
コメント
コメント一覧 (2)
身近なことから宇宙大のスケールへ。
宮沢賢治のような詩を思い浮かべました。
宇宙物理学の発展によって、地球のような生命の繁栄する惑星のできる確率は、途方もないほど小さいことがわかっています。
まさに、奇跡の星に私たちは生きています。
<処暑>、素敵な詩です。
詩の感想もいつも感謝しています。
宇宙の成り立ちは神秘的ですよね。科学でいろいろ解明されてきてはいますが、科学が分け入っていくほど、不気味なほど巧妙な仕掛けが見えてくるようです。宇宙誕生の時、後にさまざまなものを決定付ける数値がほんのわずかでもずれていたら、人間のような知的生命体が生まれる可能性は全く無かったそうです。