□◆□…優嵐歳時記(2682)…□◆□
秋分の雲は北より生まれ来る 優嵐
秋分の日の夜明けは雲ひとつ無い快晴でした。空気が澄み、晴天でももう日中の最高気温は25℃程度です。いつもこういう気候ならいい、と思いますが、すぐに朝晩から寒さが忍び寄ってくるようになります。今年は震災があり、台風の被害もひどく、長く語り継がれる年なのは間違いないでしょう。
その一方で、日本列島というのはこういう条件の下にある国なんだなとも思います。ユーラシア大陸の東の端、温帯の海の中に南北に長く連なる列島、その地理条件が地震と台風を運命づけています。そして、そういう条件の下だからこそ現在の日本の国がある、とも思います。
秋分の日も母の家の片付けに行っていました。自分が前に使っていた部屋に残っていた本なども全部整理して、そこの押入れをあけ、収納スペースを確保しました。ただ、整理整頓、片付け、断捨離を定期的にできる人でないと、いくら収納場所を増やしてもきりがありません。
母の場合がまさにそうで、収納場所は平均的な家以上にあります。それなのに片づけて整理するということをしないままに何年も過ぎているため、モノがあふれ、押入れに入りきらず、棚やらボックスやらを買い足してそれでも収納しきれない、という状態になっていたのです。まだ断捨離は続きますが、これはいい機会だったと思います。
<流れ>
人生で大事なことのひとつは
「流れ」ではないだろうか
やってきたものを受け止めて
受け止めたら次は手放す
生きていくとはそのくり返し
やってきたものを受け止められないこと
受け止めたものを手放せないこと
どちらも十分に生きていないこと
秋分の雲は北より生まれ来る 優嵐
秋分の日の夜明けは雲ひとつ無い快晴でした。空気が澄み、晴天でももう日中の最高気温は25℃程度です。いつもこういう気候ならいい、と思いますが、すぐに朝晩から寒さが忍び寄ってくるようになります。今年は震災があり、台風の被害もひどく、長く語り継がれる年なのは間違いないでしょう。
その一方で、日本列島というのはこういう条件の下にある国なんだなとも思います。ユーラシア大陸の東の端、温帯の海の中に南北に長く連なる列島、その地理条件が地震と台風を運命づけています。そして、そういう条件の下だからこそ現在の日本の国がある、とも思います。
秋分の日も母の家の片付けに行っていました。自分が前に使っていた部屋に残っていた本なども全部整理して、そこの押入れをあけ、収納スペースを確保しました。ただ、整理整頓、片付け、断捨離を定期的にできる人でないと、いくら収納場所を増やしてもきりがありません。
母の場合がまさにそうで、収納場所は平均的な家以上にあります。それなのに片づけて整理するということをしないままに何年も過ぎているため、モノがあふれ、押入れに入りきらず、棚やらボックスやらを買い足してそれでも収納しきれない、という状態になっていたのです。まだ断捨離は続きますが、これはいい機会だったと思います。
<流れ>
人生で大事なことのひとつは
「流れ」ではないだろうか
やってきたものを受け止めて
受け止めたら次は手放す
生きていくとはそのくり返し
やってきたものを受け止められないこと
受け止めたものを手放せないこと
どちらも十分に生きていないこと
コメント
コメント一覧 (2)
昨日は、久し振りに、脳出血で倒れたクリスチャンの兄弟を励ます会に行ってきました。
その兄弟は、大学院の先輩でもあります。
およそ5ヶ月ぶりに会いましたが、変わらぬ友情を保てました。
<流れ>は新鮮な詩ですね。
私は本が好きで、年々増えていっていました。
断捨離を知ってから、本を一冊買ったら、古い本を一冊売るか、捨てるようになりました。
それで、バランスが取れ、部屋の中もすっきりしています。
今日もよき日でありますように。
脳出血の後遺症で療養されている先輩のお見舞いに行かれたのですね。フクヤンさんの先輩ということは、まだそれほどお年を召されているわけではないでしょう。若いのにお気の毒に、と以前なら思いましたが、今は少し異なります。
それは、その方が今生、この世で得られた「ギフト」なのだと思います。幸福も不幸もなく、やってくることはすべて「ギフト」であり、それをどう見てどう取り組むかだけです。幸運に”見える”こと、不運に”見える”ことはあくまで人間の目から見た”見える”ことに過ぎない、そう思います。
<流れ>について、今、日本のような国で暮らしている人は、「手放す」ことについて学んでいるのではないか、と思います。あらゆる霊的教えは「貪欲」を戒めています。手放せないのはモッタイナイのではなく、ある意味での「貪欲」じゃないか、と思うのです。