優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2004年02月

□◆□…優嵐歳時記(21)…□◆□

    語りつつ歩く街角二月尽く  優嵐

昨日に引き続き、ISIS編集学校で知り合った博多在住の友人に街を
案内してもらいました。「友遠方より来る。また楽しからずや」では
ありませんが、いくら話しても話が尽きません。友人はその学校で
三月から新しい役割を担います。私も新たな役割を得て再スタート
を切ります。わくわくする気持ちがお互いの舌を滑らかにするのです。

今日で二月は終わりです。これが「二月尽く」または「二月尽(にがつ
じん)」という季語になっています。陽暦の二月が終わるということ
ですから、歴史としては浅い季語です。あわただしく過ぎ去っていく
短い二月という月に寄せる思い、また、いよいよ三月という本格的な
春を迎えるというよろこびが重なった季語と言えるでしょう。


□◆□…優嵐歳時記(20)…□◆□

    友と語る梅の小枝は真っ直ぐに  優嵐

博多でおこなわれたISIS編集学校の汁講(オフ会)に出席しました。
姫路から博多は意外に近く、新幹線で2時間半です。博多は梅の季節
を迎え、あちこちのお寺や神社の境内で紅梅、白梅が咲いていました。

梅はバラ科の落葉樹で、中国原産。白または紅の五弁の花をつけます。
八重咲きのものもあります。他の花に先がけて咲き、「春告草」との
別名もあります。今でこそ花と言えば桜ですが、古く万葉の時代には
梅こそが花の代表でした。『万葉集』を始め多くの詩歌に詠われ、日本人
の心をとらえてきました。あいにく今回は訪れる機会がなかったの
ですが、福岡の大宰府天満宮といえば、菅原道真の飛梅伝説で有名です。

□◆□…優嵐歳時記(19)…□◆□

     月影を隠しきらずに春時雨  優嵐

仕事を終えて帰ろうとしたら、車のボンネットが少し濡れていました。
時雨があったようです。降るか降らないかという程度の微妙な雨で、
西の空にぼんやりと霞んだ上弦の三日月が浮かんでいました。車を
出したら、またぱらぱらと雨がきました。

「時雨」は降ったりやんだりする通り雨のことで、冬に最も多いため
冬の季語になっています。そのため春の時雨は、季語としては
「春時雨」と詠みます。冬の寂しさ、うら悲しさを感じる「時雨」
と異なり、同じ時雨であっても春時雨には空気のやわらかさ、暖かさ
を感じます。

□◆□…優嵐歳時記(18)…□◆□

    春昼の窓少しあけドライブを  優嵐

今日はとても暖かでした。分厚い上着はもういりません。昼過ぎに
車に乗っていると暑いくらいで、ウインドウを少しおろし、風を入れ
ながら走りました。空も景色も明るく、気持ちがのびやかになります。

今日の季語は「春昼(しゅんちゅう)」です。「春の昼」と詠む場合
もあります。のどかでのんびりした明るい響きがあり、菜の花や雲雀
の囀りを思い起こさせます。いいお天気の春の昼、なんとなく
うれしくなって、どこかに出かけたいと思うのはこんな時です。
面白いことに、他の夏・秋・冬の昼は季語として成立していません。
春の昼ならではの駘蕩とした感じが俳人に好まれたのでしょうか。

□◆□…優嵐歳時記(17)…□◆□

    空気までやわらかくして猫柳  優嵐

事務所の花瓶にネコヤナギが活けられていました。ヤナギの仲間は、
まだ冬枯れが残る春浅い頃、他に先がけて花をつけます。川べりで
ビロードのような綿毛に覆われた花(花序)を開いているのは
ネコヤナギです。吹いてくる風は冷たくても、この花の周囲だけは
春の柔らかさに包まれているように見えます。

その銀鼠色の密生した毛が猫をおもわせるため、この名がついたよう
ですが、地方によっては犬とみたてたところもあり、エノコロヤナギ
との別名もあります。春を告げる花として古くから人々に親しまれて
きたのでしょう。ネコヤナギは落葉性の低木、雌雄異株でアジア北東部
に分布しています。

□◆□…優嵐歳時記(16)…□◆□

    髪切って軽やか如月の街へ  優嵐

「如月(きさらぎ)」は旧暦二月の異名です。現代のカレンダーで二月
のところに如月と記しているものもありますが、これは本来の意味を
外れています。まだ俳句を詠み始めたばかりの頃、新暦の二月初めに
如月を用いて、師である高橋信之先生(「水煙」主宰)から、その違い
についてご指摘を受けました。そのころは如月ではないのです。

俳句を詠むようになってから、旧暦(太陽太陰暦)について学び、日本
の行事や季節感は旧暦の方がずっとしっくりくるのだとわかりました。
3月3日を「桃の節句」と言うのも、旧暦で考えればよくわかります。

旧暦や二十四節気の日付を確認するために、参考にしているのが
『21世紀歴』(日外アソシエーツ 編集・発行)です。21世紀の
曜日や各年の旧暦、節気などがすべて載っています。これを見れば今日
は旧暦の何月何日にあたるのか、すぐに調べることができます。今日は
旧暦では2月5日、つまり如月の5日に当たります。

□◆□…優嵐歳時記(15)…□◆□

   ごうごうと我に吹き来る春疾風  優嵐

昨日、姫路は夕方から大荒れのお天気になりました。昼過ぎまで日が
差していたのですが、それからにわかに雲が出て風が強くなりました。
窓の外を見ると、街路樹が風に揺らいでいます。雨が降り出したと
思ったら、あっという間に土砂降りになり、春の嵐です。雷も聞こえ
ました。

「春疾風(はるはやて)」は春の強風、突風、烈風を差します。前線を
伴った低気圧が日本海を通過するときに吹く南寄りの暖かい風です。
昨日は気温も高かったですね。吹き荒れる風と雨、しかし、それは秋の
台風とは一味ちがい、春ならではの芽吹きのエネルギーといったものを
感じました。

それにしても、今年は暖かくなるのが早いです。もう上着も必要ない
ほどの暖かさです。二月、本来であればまだまだ厳しい寒さの中に
いるはずなのに。いったいどうしたことでしょう。

□◆□…優嵐歳時記(14)…□◆□

   チョコレート口中に溶け雨水かな  優嵐

今日も暖かでした。このまま春が進んでいくのでしょうか。昨日は
二十四節気のひとつ「雨水(うすい)」でした。立春から数えて15
日目にあたります。今年は立春のあと、あまり冷え込む日が無く春
の歩みは早いようです。

雨水は「空から降るものが雪から雨に替わる頃、深く積もった雪も
融け始める。春一番が吹き、九州南部ではうぐいすの鳴き声が聞こ
え始める」という時候です。

二十四節気は、太陰暦を使用していた時代に、季節を現すための工
夫として考え出されたもので、1年を24等分にし、その区切りに名
前をつけたものです。現在でも季節の節目を示す言葉として使われ
ています。 それをさらに5日毎に区切った七十二候というものも
あります。雨水の最初の5日間は「土脉潤起(つちのしょううるお
いおこる)」と呼ばれています。ユニークなネーミングですね。

□◆□…優嵐歳時記(13)…□◆□

    ポニーテール走れば春の影弾む  優嵐

朝夕は冷え込みますが、日中いいお天気だと随分気温があがるよう
になりました。戸外へ出ると日差しの眩しさが際立ちます。私の職
場の隣には図書館があります。お昼休み、よく本を借りに出かけま
す。読みたい本が蔵書の中になくても、リクエストしておけば、購
入するか、別の図書館から取り寄せてくれます。私は読む本のほと
んどをここから借りています。ありがたい存在です。

今日、リクエストしていたアニー・ディラードの『本を書く』が入
ったという電話をもらいました。新しい本を手に図書館から出てく
るときはいつもどこか心浮き立つものがあります。暖かな日差しを
背に受けてちょっと駆け出してみたくなりました。

今日の季語は「春」です。俳句では立春から立夏の前日までの三ヶ
月をさします。今年は2月4日から5月4日にあたります。南北に
長い日本列島では、地域によって春の訪れの実感は随分違います。
しかし、いずれにせよ、寒さから解放され命が再生する躍動感に満
ちた季節です。冬の長い北国ほど、春を迎える喜びは大きいに違い
ありません。

□◆□…優嵐歳時記(12)…□◆□

    つちふるや大観覧車の遠き影  優嵐

「つちふる」とは黄沙のことです。モンゴルや中国大陸の黄土地帯
で、春の吹き荒れる季節風に巻き上げられた細かな砂塵が、はるか
日本海を越えて日本列島に到達する現象です。漢字では「霾」と書
きます。

例年3月頃からこの現象が見られるようになりますが、今年は随分
早く、2月15日の春一番のときに黄沙第1号がやってきました。いい
お天気の日でも、これがやってくると空全体がちょっと曇ったよう
になります。これを「霾ぐもり」(よなぐもり)または(つちぐもり)
と言います。

私は屋外の駐車場を使っていますが、黄沙のシーズンになると車は薄
汚れた感じになります。洗ったところで無駄ですから、薄汚れたまま
乗っています。今日は日本海側を弱い前線が通ったせいで、朝方はど
んよりしていました。真冬の間は晴天が続く姫路ですが、これからお
天気が周期的に変わるようになります。春が確実に進んでいきます。

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