優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2004年02月

□◆□…優嵐歳時記(11)…□◆□

    いぬふぐり映す明日の空の色  優嵐

ここで詠んでいる「いぬふぐり」の正式名称はオオイヌノフグリとい
って、明治以後の帰化植物です。原産地はヨーロッパです。春先に田
んぼの畦などに小さな青い花が固まって咲いています。その姿を見る
と、なにやらほっとします。私にとって身近で春の訪れを最も感じさ
せてくれるのがこの花です。柔らかな日差しと雲雀の囀り、幼い時の
裏の畑の情景、そういうものを思い出させてくれる野草です。

ところで、イヌフグリとは犬の睾丸という意味です。可憐な花にこの
名前はちょっと気の毒な気がします。なぜこんな名前になったのか不
思議ですが、「ひょうたんぐさ」の別名もあります。もともと日本に
あったイヌフグリは花が淡紅色で、すぐ区別がつきますが、こちらは
めったに見られない花になってしまいました。

□◆□…優嵐歳時記(10)…□◆□

    おだやかに舟浮かべおり春の湖  優嵐

新幹線で姫路から東京へ向かうとき、浜名湖の横を通ります。昨日の
浜名湖は春の明るい日差しを受け、穏やかで波はなく、空の色を映す
湖面には小舟が何艘か出ていました。ヨットハーバーのヨットたちも
なんとなくのびやかな風情です。これが「春」ですね。すべてのもの
が冬の厳しさから解放され、微笑んでいるような印象を受けます。

「春の湖」は「はるのうみ」と読んでください。俳句では文字数の制
約が強いので、こういうことはよくあります。小さい子どもを「おさ
な」と呼んだり、逆に音をそろえるために二月を二ン月と書いて「に
んがつ」と読ませることもあります。私自身は「おさな」や「にんが
つ」にはちょっと抵抗があって使いませんが。

二週間ぶりに訪れた東京は暖かく、手袋もマフラーももう不要でした。
夜には暖かな雨が少しだけ降りました。

□◆□…優嵐歳時記(9)…□◆□

    朱鷺色に城染まりゆく春の朝  優嵐

東京へ行くために久しぶりに早起きをしました。昇りつつある朝日が
姫路城の城壁を染めていました。この色合いをなんと言ったらいいの
でしょう。朱では強すぎるし…。そのとき、ふと浮かんできたのが朱
鷺色という言葉でした。朱鷺が翼を広げたとき、その翼の裏に現れる
ほんのりと淡いピンクをさして「朱鷺色」というそうです。もちろん
本物の朱鷺が飛ぶところを見たことはありませんが、朝日に染まる白
鷺城にふさわしい色でしょう。

「春の朝」は季語です。「春朝(しゅんちょう)」「春暁(しゅんぎ
ょう)」という季語もあります。「春はあけぼのようよう白くなりゆ
く山ぎわむらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」と清少納言が枕
草子で述べているごとく、春の朝にはなんともいいしれぬ色気があり
ます。冬の朝が厳しさを象徴しているとしたら、春の朝は優しさ、た
おやかさを象徴している、と言えるでしょうか。

□◆□…優嵐歳時記(8)…□◆□

    春風を受けて自転車走らせる  優嵐

二月も半ばになり、明日はバレンタインデーです。まだ寒の戻りはあ
るでしょうが、日差しは明るさを増し、いいお天気であれば日中の暖
かさはやはり春だと感じます。「春風」は春の穏やかなやさしい風の
ことです。春には「春一番」や「春疾風」のように荒れる強風もあり
ますが、春を最も感じるのはこの柔らかい風に吹かれるときです。

私はいいお天気の日の通勤にはマウンテンバイクを使っています。前
三段、後八段の変速がついており、タイヤを街乗り用に変えています
ので、かなりのスピードが出ます。6kmの道のりを15分たらずで走りま
すから、平均時速は25kmくらいでしょうか。冬でも走っていると汗ば
んきますが、自転車が楽しいのはやはり春先です。

風を切って走ると耳元で風の音がします。それがとても気持ちがよく、
うきうきしてきます。どうしてあんなにうきうきするのか不思議です。
でも、間違いなく、自転車を走らせることは、私にとって幸せのひと
つの形です。

□◆□…優嵐歳時記(7)…□◆□

   街の音遠く近くに朝寝かな  優嵐

「朝寝」は孟浩然の「春眠暁を覚えず」から派生した近代の季語です。
寝心地のよさからついうとうとしてしまう春の朝。私の場合は四季を
通じて朝寝をしたい方なのですが…。私の今の職場は勤務シフトが二
つあり、朝から出勤するパターンと午後から出勤するパターンがあり
ます。午後からのシフトでは、朝はゆっくりできます。

一度目が覚めて時計を見、まだゆっくりできるのだと思ったときの幸
せは格別です。こういうときこそ早起きして、一仕事でもすれば家の
中ももっと片付くのでしょうが、なかなかそうはいきません。時計を
枕元に戻し、寝返りをうってうつらうつらと朝寝を楽しみます。動き
始めた世の中の音を窓越しに聞きながら、意外にしっかり眠ってしま
うこともあります。

□◆□…優嵐歳時記(6)…□◆□

    ブルーデル彫像の下芝を焼く  優嵐

春の初め、畦や畑の草を焼くことを「畑焼き」「野焼き」と言い春の
季語になっています。害虫を駆除し、新しい草の生長を促す働きがあ
ります。同じように庭園や土手の芝を焼くのも枯芝を焼いた後に、新
たに良い芝を発芽させるための大事な仕事です。

今日の午後は姫路市立美術館へ行ってきました。ベルギーの近現代美
術の展覧会が行われていました。かつて姫路市役所として使われた建
物を再生した赤レンガの美術館の前庭には、ブルーデルをはじめ多く
の彫刻が展示されています。建物のすぐ後には、姫路城の天守閣がそ
びえ、絵になる場所です。ここでも今、芝焼きが行われて、芝は黒々
と焼けていました。これから春の雨が芝の成長を促すでしょう。

□◆□…優嵐歳時記(5)…□◆□

    山下りて湯に入り帰る日永かな  優嵐

日永は「ひなが」と読みます。春を迎え、短かった冬の日がいつしか
すっかり長くなったのを感じることを表しています。日が最も長いの
は夏至のころですが、しみじみと日が長くなったと感じるのは春とい
うことから、春の季語になっています。俳句で最も大事にするのはそ
の季感です。理屈ではなく、感じること、だから詩なのです。

昨日は山へ行きました。山を下りた後は、ほとんどの場合近くの立ち
寄り温泉へ行きます。兵庫県には立ち寄り湯があちこちにあり、『ひ
ょうごの温泉・立ち寄り湯と観光ガイド』(神戸新聞出版センター)
という本さえ出ています。寒い季節であれば冷えた身体を温め、暖か
い時期であれば、汗を流してさっぱりします。山の風景を思い出しな
がら湯に浸かるのは、実にいいものです。

□◆□…優嵐歳時記(4)…□◆□

    薄氷や深山に戻る滝の音  優嵐

薄氷と書いて「うすらい」と読みます。句によってはそのまま「うす
ごおり」とか「はくひょう」と読ませる場合もありますが、「うすら
い」あるいは旧かな遣いで「うすらひ」と読む場合が最も多いようで
す。語感が美しい言葉ですね。

今日が休日の私は、久しぶりに山に登ってきました。標高754mの低い
山でしたが、山に入ってから雪が降り始め、コナラやリョウブが多い
明るい落葉樹の森を歩いている間中、牡丹雪が舞っていました。低い
山ならば、雪も悪くはありません。足元には霜柱が残り、谷あいには
融けずに残っている雪も見えました。

静かで、時々鳥の声がして、だから森は好きです。登山道の途中で小
さな滝に出会いました。表面の氷の下に水の流れがあります。多分全
面結氷するほどの寒さにはならないとは思いますが、これから春が進
んでいくと滝の水量が増え、山肌に響く水の音は大きくなっていくは
ずです。

□◆□…優嵐歳時記(3)…□◆□

   昼過ぎの淡雪肩に降らせ行く  優嵐

私が住んでいる兵庫県姫路市は瀬戸内海に面しています。冬は晴天が
続き、積雪と言えるほどのものは一冬に一、二度、数センチといった
ところです。それでも立春を過ぎてから、意外に雪が降ることが多い
のです。昨日も昼ごろにかなり激しく雪が降りました。とはいえ、す
ぐにやんでしまいますから、積もることはありません。雪国の雪と異
なり、姫路で昼間に降る雪はちょっと珍しい空からの贈り物という風
情です。

雪国の積もる雪は粉雪ですが、姫路で今頃に降る雪は結晶が融けてく
っつきあった牡丹雪です。その形状から「綿雪」「だんびら雪」など
の季語もあります。「泡雪」「沫雪」と書いて「アワユキ」と読ませ
る場合もあります。いずれも融け易いはかない雪を表しています。初
めて雪国へスキーに出かけ、細かい粉雪がさらさらと見る間に降り積
もっていくさまを見たのは驚きでした。

□◆□…優嵐歳時記(2)…□◆□

    風受けて二月の路地を足早に  優嵐

二月は月初めに立春があるため、春の季語になります。しかし、実際
には寒さが最も厳しい季節です。今年はうるう年ですから二月は29日
ありますが、それでも他の月より短く、「二月早や」という季語もあ
るほどです。一月が過ぎ、「もう二月か」と思う間もなく過ぎ去って
いってしまう月、ということですが、暖かくなるのを待ちかねる人の
心が二月を短くしているのかもしれません。

一月から二月にかけてはスキー場の雪質が最も良く、かつては通い詰
めて滑ったものでした。朝一番にゲレンデに出て、積もったばかりの
新雪を蹴散らしながら滑る爽快感。生身の身体であれだけのスピード
が出るということがなんといってもスキーの魅力です。長いコースを
一気に滑り降り、息を弾ませながら自分のシュプールを見上げる充実
感。ああ、スキーに行きたくなりました。

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