優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2005年08月

□◆□…優嵐歳時記(533)…□◆□

   いにしえの興亡数多虫すだく  優嵐

5月から読み続けている『ローマ帝国衰亡史』(全10巻)、
ようやく8巻の途中まできました。あれこれと他の本も道草
しながらですので、ゆっくりとした歩みです。8巻ではローマ
帝国そのものは登場せず、周辺国家として起こり、のちに強大
な宗教国家となっていくマホメットとサラセン帝国が取り上げ
られています。

こうしてローマ、ペルシャ、さらには大小さまざまな国家と
民族の興亡を見ていくと、時代や宗教が変わっても人間がやる
ことの基本はほとんど変わらないものだ、ということがよく
わかります。

秋に鳴く虫を総称して「虫」といいます。まだ昼間はセミが
鳴いていますが、夜になると、虫の声が聞こえてきます。
「虫」は秋の寂しさ、命の儚さを感じさせる季語です。


□◆□…優嵐歳時記(532)…□◆□

   二皿は骨のみ残る秋刀魚かな  優嵐

秋を代表する魚といえば、やはりサンマです。焼きたての
サンマに大根おろしを添えていただく、これがごちそうです。
今晩は姉の家に行って夕食を食べました。義兄は海のそば
で育った人で、魚を食べるのがとてもうまい人です。お皿
を見れば、きれいに骨だけになっていました。

私は、あまり得意ではなく、特に腸の部分はつい食べ方が
ぞんざいになってしまいます。サンマ、意外にも江戸時代は
下品(げぼん)の魚とされ、季語としてとりあげられること
はありませんでした。

サンマが詩の題材として詠われるようになったのは佐藤春夫
の「さんま、さんま、さんま苦いかしょっぱいか…」あたり
からではないでしょうか。

□◆□…優嵐歳時記(531)…□◆□

   ひととおり部屋見て去りし秋の蜂  優嵐

窓を開けていると、このところ毎日のように蜂が入って
きます。入ってくるというより、迷い込んでくるといった
方がいいのかもしれません。蜂の種類まではわかりません
が、特にかかわりあいを持たず、好きなようにさせている
とそのうちどこかから飛び去っています。

前の職場では、トンボが自動ドアが開いた拍子に迷い込ん
できて、出る場所がわからず、建物の隅で死んでいると
いうのをよく見かけました。出してやろうとしてもトンボ
はバタバタと逃げるばかりでどうしようもなかったのです。

□◆□…優嵐歳時記(530)…□◆□

   稲の花ひとつひとつの積み重ね  優嵐

すでに稲刈りがすんだという地方もあるようですが、姫路
周辺では、早稲の稲穂が頭を垂れ始め、それより遅い中稲
は稲の花が咲いています。稲の花は花穂につくごく小さい
ものですから、そばに近づかないと見過ごしてしまいます。

水の上にようやく頭を出していた田植えどきの早苗が日に
日に大きく育ち、花をつけ、稲となっていきます。ひとつ
として飛ばすことのできないプロセスを経て、お米になって
いくのです。

□◆□…優嵐歳時記(529)…□◆□

   白木槿咲く路地抜けてポストまで  優嵐

木槿(むくげ)は人家の生垣、畑垣として植えられ、花の時期
は夏から初秋にかけてです。一日咲くと凋んでしまいます。
「槿花一日之栄」という言葉があり、はかないものの代名詞
といえるかもしれません。花はみなはかないから美しいとも
いえますが。

八月も間もなく終わりです。目の前を流れる市川の向こうの
山には、このあたりに生息するハシボソガラスの集団ねぐらが
あるらしく、繁殖期が終わった今頃からは朝と夕方にカラスたち
が近所の屋根や電線に集まってきます。そこから朝は各地へ
散っていきますし、夕方はそれからいっしょにねぐらに向かう
ようです。おもしろい習性だと思います。

□◆□…優嵐歳時記(528)…□◆□

   軽やかに柵を越え行くばったかな  優嵐

先日、部屋にバッタが入ってきました。アパートの5階
ですから、珍しいお客さまです。カーテンの陰でくつろぎ、
しばらく鳴いていました。バッタはバッタ科に属するものの
総称で、「はたはた」と詠むこともあります。精霊バッタ、
殿様バッタなど種類はたくさんあります。

子どものころはトンボでもバッタでもよくつかまえて遊んだ
ものですが、さすがに今ではしません。ながめて楽しむのは
いいものです。部屋に迷い込んできたバッタもベランダから
外に出してやりました。

□◆□…優嵐歳時記(527)…□◆□

   文月の図書館の書架を経巡りぬ  優嵐

今日は昨日とはうってかわって蒸し暑く曇りがちの一日
でした。私は本を読むのが好きで、買う場合はほとんど
インターネットの書店を使います。また、そこで調べた
書名をメモして、図書館へ出かけ借り出すこともあります。

ほとんどの本は一度読めばあとはそう何度も読むものでは
ありませんので、図書館はありがたい存在です。書名を決
めず、書架の間をうろうろと歩き回って興味がわいた本を
次々に手にとってながめてみる、というのも本好きには
楽しい遊びです。

おもいもかけなかった本を借りて帰ったりするものです。
今日借りた本の中でもっとも異質なのは『ビル・ゲイツ
立ち止まったらおしまいだ!』(ダイヤモンド社)です。
図書館は返却期限がありますので、"積ん読"になる危険
が少ないのもありがたいことです。

□◆□…優嵐歳時記(526)…□◆□

   初秋の風輝きて吹きにけり  優嵐

台風は関東地方に向かっているらしく、昨日とはうって
かわって、からりと晴れ上がった姫路でした。風がある
せいか、昨日雨が降ったせいか、空気が澄んでいます。
明るいのですが、その明るさは夏とはやはり違うと感じ
ました。

昼食後、寝椅子に横になって空を見ていました。まだ
夏のような雲もときおり出ますが、大半は秋の雲です。
みるみるうちに形が変わり、ながめていて飽きないもの
です。子どものころはよく空を見ていましたが、こうして
仕事を変えるまで平日の日中に雲の形を楽しむなんて
およそなかったことです。

ツバメの群れが空をたくさん飛びまわっているのも見え
ます。繁殖期を終えた成鳥と巣立った幼鳥は南へ飛び立つ
前に集団でねぐらを形成するようになります。こうして
ある日気がついたら、いなくなっているんですね。

□◆□…優嵐歳時記(525)…□◆□

   静けさも連れて降りけり処暑の雨  優嵐

今日は二十四節気の処暑。「暑さが止む」という意味で、
このころから朝夕の涼しさがはっきり感じられるようになり、
秋の気配が本格的になってきます。今日の姫路は朝から
曇り空で、気温も低めでした。いつもは開け放っていた
南北の窓のうちの一方を閉めました。

お昼前後ににわか雨がありました。真夏の雷雨などと違い、
いつの間にか降り始め、いつしかあがっていたという雨で
その降り方に秋を感じました。ずっと晴天が続いています
ので、このあたりで本格的な雨が欲しいところです。

□◆□…優嵐歳時記(524)…□◆□

   東京の空は直角秋暑し  優嵐

週末は、ISIS編集学校の師範代研修のために東京に行って
いました。空にはすでに秋の雲ですが、まだ日中の暑さは
厳しく、地下鉄を降りて、ビルの間に出ると、汗が流れ
だします。空調の効いたビルに入ると、今度はその汗が
冷えて逆に寒さを感じました。

夜になると、さすがに少ししのぎやすくなり、赤坂の界隈
を歩いていると、ビルの上に大きな月が出ていました。
空気が澄んで、月は少しのくもりもなく、くっきりとして
いました。

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