優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2005年11月

□◆□…優嵐歳時記(615)…□◆□

   ことごとに枯葉となりて積りけり  優嵐

朝の散歩をして山際を歩いていると、落葉樹から散った葉が
道路の片隅に一塊になっています。落葉の最盛期です。街路樹
としてイチョウ、ケヤキなどが植えられているところでは
絶え間なく落葉が舞い散り、「木の葉の雨」「木の葉の時雨」
などという季語もあります。

今日で十一月も終わりです。すでにクリスマスの飾りつけは
街にあふれていますが、師走の声を聞けば、しだいに歳末の
せわしなさがつのってきます。寒さもこれから本格化し、
いよいよ冬本番です。

051130



□◆□…優嵐歳時記(614)…□◆□

   わっと飛ぶひと群れの鳥冬空へ  優嵐

夕方近所を歩いていると、水田から川原の上を小鳥の群れが
飛び回っているのを見かけました。遠いうえに夕暮れ時で羽
の色などがよく見えなかったのですが、アトリか、と思われ
ます。

誰が指揮者というのでもなさそうなのに、群れはまるでそれ
自身がひとつの大きな生き物であるかのようにいっせいに
向きを変えて動きます。人間ではあのような動きはとうてい
無理でしょう。その動きのおもしろさにしばらく見とれて
いました。

□◆□…優嵐歳時記(613)…□◆□

   冬の雷エントランスに反響す  優嵐

日曜日の午前中香川で「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」に行った
のですが、そこに向かっている途中から激しい雨が降りました。
建物はコンクリートのうちっぱなしで、入口の空間が大変ぜいたく
にとられています。着いたとたん、空に稲妻が走り、激しい雷鳴
が高いコンクリートの間に反響して、今までで最も迫力のある
美しい音を聞かせてくれました。

中川幸夫の「花」も雷鳴と同様にすさまじい迫力のものでした。
すべて彼が自身の作品を撮影した写真でしたが、花という言葉
から一般に想像されるような可憐で優しいなどというイメージは
全くなく、牙を剥いて襲い掛かってきそうな、動物的なエロスを
感じるものでした。いっしょに行っていた友人が「獰猛な花」と
表現しましたが、まさにそのとおりです。

□◆□…優嵐歳時記(612)…□◆□

   讃岐富士丸き冬陽を連れ暮るる  優嵐

週末、香川県へ行ってきました。高速道路を使えば自宅から
2時間あまりで高松市内に着くことができます。奈良へ行く
のとそれほど変わりません。ISIS編集学校がきっかけでご縁
ができた人たちと高松に集まり、昨夜は夜遅くまで話に花が
咲きました。

今日は丸亀駅前にある「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」で
開かれている「花人 中川幸夫の写真・ガラス・書−いのち
のかたち展」を見てきました。空模様が不安定で、激しい
にわか雨が何度もあり、美術館に着いたときは稲妻が走り、
雷鳴が轟きました。

お昼ごはんはやはり本場の讃岐うどん。麺のコシが絶品です。

□◆□…優嵐歳時記(611)…□◆□

   雲海の如くに枯れし冬野かな  優嵐

しだいに冬も深まりをみせ、残っていた緑も枯れ色へと変化
しています。近寄ってみれば草の種類もあるいはわかるのかも
しれませんが、遠くから見ていると、茫々と枯れて雲が湧き
出しているようにも見えます。

昼間は晴天が続き、暖かな姫路です。正午をすぎるとすぐに
陽が傾き始め、すでに3時ごろには夕方の気配、5時すぎ
には暗くなっています。まだあと一ヶ月は日照時間が短く
なっていきます。

□◆□…優嵐歳時記(610)…□◆□

   手入れよき畑に冬菜のこんもりと  優嵐

家の近所は新しい住宅がどんどんできていますが、それでも
まだ畑がそこここに見られます。よく手入れされた畑は整然
として、気持ちのいいものです。ひと畝には菊が、また別の
畝にはねぎが植えられていたりします。

冬菜は冬の菜類の総称です。最も用途の広い白菜は別の季語
として用いられます。品種の変化が大きく、地方によっても
特殊な名称が数多くあります。

2□◆□…優嵐歳時記(609)…□◆□

   風なくて静かな朝の柿落葉  優嵐

朝の散歩は続いています。今は午前6時半ごろにならないと
完全に明るくはなりません。あまり町の活動が始まらない前に
できれば歩きたいので、少し暗くても出かけていきます。そう
しないと、それ以外の時間ならひっそりしている道を通勤の車
が次々通り、のんびり歩くのが難しいのです。

集落のはずれにある農業用のため池の側まで行きました。集落
の中にたくさん柿が植えられていましたが、ここにも植え
られています。振り返ると枯田が河岸段丘上にならんでいるの
がよくわかり、遠くを電車が走っていく音が聞えました。

□◆□…優嵐歳時記(608)…□◆□

   冬の星ひとつ光らせまたひとつ  優嵐

日が暮れるのが早くなりました。夕方、日没後に散歩をして
きました。風がなく暖かな宵でした。まだ西の空には明るさが
残っており、しだいに闇が家並みの上に降りてくると、
それぞれの家の灯が目立ち始めます。

空を見上げると南西の方角に明るい星が見えました。宵の明星
といわれる金星かと思います。夕暮れ時に星を見上げながら歩く
なんて、子どもの時以来です。木々のシルエットの間を歩いて
いると、今度は東の空の少し赤みを帯びた星に気がつきました。
火星でしょうか。

今日は旧暦では10月22日ですから、月は真夜中になるまで顔を
出しません。よく晴れて星空観察にはいい日です。

□◆□…優嵐歳時記(607)…□◆□

   銀杏散り夕べチャペルの鐘が鳴る  優嵐

落葉の中でも最も華やかなのがイチョウでしょう。輝くような
黄色に変わったイチョウは晩秋から初冬にかけて街を彩ります。
イチョウは並木、境内やキャンパスの木としていつも人の生活
の側にあり続けてきました。日本には平安時代にはすでに渡来
しており、各地に巨木が残っています。

イチョウは植物分類でいうと大変古い部類に属し、恐竜が栄えて
いた時代からの生き残りです。裸子植物中、イチョウ網・イチョウ
科・イチョウ属に分類されるただひとつの現生植物です。

□◆□…優嵐歳時記(606)…□◆□

   冬紅葉土塀に影を落としたる  優嵐

奈良では、法隆寺にも行きました。暖かい日でまだ残っている
紅葉に日差しがいっぱいに降り注いでいました。西円堂前から
は、吉野へ続く山なみの麓にたなびく冬霞が見渡せました。周り
の風景は変わっていますが、聖徳太子もあの山やそこにたなびく
霞をご覧になったに違いないと思うと、その地に立つことの
意味をあらためて感じました。

秘仏救世観音のご開扉時期にあたり、夢殿の奥の観音さまの
姿を見ることができました。奈良時代、飛鳥時代といった仏像
の数々を見ていると、室町や江戸といった表示を見ても、なんだか
最近のもののような気がするので不思議です。

百済観音にも会ってきました。飛鳥時代の仏像ですが、現代の
スーパーモデルといってもいいような八頭身のすらりとした
優美な仏さまです。

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