優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2006年11月

□◆□…優嵐歳時記(927)…□◆□

  菊並ぶぬくき冬日を浴びながら  優嵐

今日は暖かでした。姫路城の三の丸広場では菊花展や
盆栽展が開かれています。菊は育てるのに大変手間が
かかるようですし、盆栽も同様でしょう。私はどちらも
ほとんど知識がありませんので、ただ花や樹木を見る
だけでしたが。

立冬の日は極端に寒くなりましたが、またもとの気温に
戻ったようです。暖かな初冬の空気の中、色づく落葉樹
を眺めながら散歩するのはいいものです。

061109

□◆□…優嵐歳時記(926)…□◆□

  木枯しのあと月光の冴え冴えと  優嵐

昨日の立冬は、一気に冬の訪れを感じた一日でした。暦の
とおりに冬がやってくるのはむしろ珍しい感じがしました。
日中激しく吹き続けた木枯しも、夜に入るとやみました。
しかし、夜になると冷え込んできました。

ナイターでテニスをしに出かけましたが、家を出るとき
は11度だった気温がコートにつくころには7度になって
いました。岐阜では氷点下5度あたりまで冷えこんだ
ところもあったとか。

夏のころは南にある小学校の校舎の上に出ていた月が、
かなり東寄りの山の上に出て、やはり冬だ、と改めて
思いました。月はくっきりすぎるほどくっきりとして
いて、それも冬を感じさせました。

□◆□…優嵐歳時記(925)…□◆□

  風の音朝より高し冬来る  優嵐

今日は立冬です。朝から風が強く、急に寒くなりました。
木枯らし1号かもしれません。暖かいと思っていましたが、
やはり11月です。午後、姫路城の周りへ行き、図書館で
本を借りたり、絵を描いたりしました。

砂埃が舞い上がるほど風が強かったのですが、空は青く、
街路樹は色を変え始めており、本格的に寒くなる前の
彩りにあふれた楽しさを感じました。お城には修学旅行
や小学生の見学の一団、どこかの団体旅行者、外国人の
グループなどが次々と訪れていました。

061107

□◆□…優嵐歳時記(924)…□◆□

  行く秋をとうふづくしで送りけり  優嵐

暦のうえの秋は今日で終りです。昨日は、美術館で若冲
を見た後、青蓮院門跡近くの「蓮月茶や」で豆腐づくし
のコースをいただきました。京都らしい落ち着いた
たたずまいの店で、かに味噌豆腐や生麩の田楽、湯豆腐
などを満喫しました。

美術を鑑賞し、おいしいお豆腐で舌も満足させ、その後
の青蓮院門跡では、ライトアップの明りとともに、お香
が焚かれていて、その香りに全身を包まれながら建物と
お庭を拝観してまわりました。五感全体に新鮮な思いを
させた一日でした。

□◆□…優嵐歳時記(923)…□◆□

  楠巨樹を透かし満月さやかなる  優嵐

今夜は満月です。今日は京都国立近代美術館で開かれて
いた「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」を見に
行き、夜はその近くにある青蓮院門跡のライトアップを
楽しんできました。

お庭の意匠を凝らした照明も素晴らしいものでしたし、
その中に浮かび上がる天然記念物の楠の巨木には圧倒的
な迫力を感じました。まだ紅葉には少し早かったのですが、
竹林の幻想的な美しさも印象に残っています。

□◆□…優嵐歳時記(922)…□◆□

  晴れ渡る空へすらりと後の月  優嵐

昨夜は十三夜でした。陰暦九月十三夜です。八月十五夜の
名月に対して、「後の月」といいます。お月見としては
最後の月ですので「名残の月」、枝豆や栗を供えるので
「豆名月」「栗名月」とも呼ばれます。

昨夜は文化の日でもあり、昼間から大変いいお天気で、
夜に入っても雲ひとつない広々とした空でした。夕焼けの
色が褪せるか褪せないかのうちに、まだ少しほっそりと
した月が昇ってきました。

『源氏物語』の夕霧の巻に夕霧大将が十三夜の月を賞して
いる場面があります。すでに紫式部の時代には十三夜の
月を楽しむ習慣ができていたようです。

□◆□…優嵐歳時記(921)…□◆□

  清秋の石やわらかく吾が前に  優嵐

高松市美術館で開かれている「イサム・ノグチ展」に行き
ました。彼は日本人の父とアメリカ人の母の間に生まれ、
晩年は香川県牟礼に活動拠点を置き、石彫の傑作を残して
います。アトリエは現在イサム・ノグチ庭園美術館として
予約制で公開されており、3年前に訪れたことがあります。

あの時の印象が素晴らしく、イサム・ノグチはそれ以来、
私の中では特別な存在位置を占める芸術家のひとりに
なっています。彼の石彫は石でありながら、硬さや重さ
を感じない、不思議な存在感に満たされています。

□◆□…優嵐歳時記(920)…□◆□

  暮れていく秋の瀬戸航く灯のはるか  優嵐

宇高国道フェリーの発着場所のすぐそばに北浜alley
いう、レトロモダンな一画があります。かつての倉庫を
リノベーションしたもののようです。錆が浮いたトタン
が外装に使われていたりして、そこだけ不思議な空間を
作りだしています。

そこのカフェで海を見ながらお茶を飲みました。高松で
は、海は北にあり、そこから北浜という名前がついて
いるのだろうか、と思ったりしながら瀬戸内海航路を
いく船を見ていました。青くたそがれていく中、しだいに
明るさを増す船の灯は、いいものです。

□◆□…優嵐歳時記(919)…□◆□

  秋の夜やしわい骨付鳥を噛む  優嵐

高松の夜は名物の骨付鳥を食べに「一鶴」へ行きました。
今は大阪や横浜にも進出しているようですが、発祥地は
讃岐うどんと同じ香川県。

骨付鳥とは、鶏のもも肉をまるごと一本焼き上げたもので、
おやどりとひなどりの二種類があり、おやどりはその
スパイシーな味わいとしっかりとした歯ごたえが魅力です。
鶏肉とは思えないような不思議なおいしさでした。

集まった友人の中に岡山人もいて、岡山の方言ではこう
いう状態を「しわい」というそうです。つまり、なかなか
かみきれそうにない肉などの状態が「しわい」。単に硬い
というのではなく、噛み締める感じがよく出ています。

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