優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2007年01月

□◆□…優嵐歳時記(984)…□◆□

  歳時記を開く手にあり蜜柑の香  優嵐

冬の代表的な果物はなんといっても蜜柑です。コタツと
蜜柑の取り合わせは日本の冬の景色に欠かせません。
ついつい食べ過ぎて掌が黄色くなってしまうという人も
珍しくないと思います。

ビタミンCが豊富で風邪の季節に最適というのは、
うまくできています。手で簡単にむけ、それだけに、
手にその香りが残りますが、これもまた悪くないもの
です。

□◆□…優嵐歳時記(983)…□◆□

  寒卵半熟に茹でどんぶりに  優嵐

寒中に鶏が産んだ卵を「寒卵」といいます。冷蔵技術も
十分でなかった時代と現代では、季語の持つ意味がかなり
変ってきているとは思いますが、産みたてのものであれ
ば、その暖かさがまた新鮮な感動を呼ぶものでしょう。

寒といってもやはり今年は暖冬です。夜に近所のスーパー
まで歩いて買物に行ったら、薄手のシャツの上にフリース
を羽織っていただけなのに、うっすらと汗をかいて
しまいました。

□◆□…優嵐歳時記(982)…□◆□

  雲ひとつなく晴れ渡り寒四郎  優嵐

今朝はよく晴れ、午前中は明るい日差しが降り注ぐ
気持ちのいいお天気でした。お昼頃から雲が出で、
これもまた冬らしい午後になりました。

寒に入って四日目を「寒四郎」、九日目を「寒九」と
いいます。それ以外の日には特別な名前はついていない
のに、この二日のみがこう呼ばれるのは面白いなと
思います。四と九、どちらかといえば日本人が忌む
数字であるために逆にこうした愛称をつけたので
しょうか。

□◆□…優嵐歳時記(981)…□◆□

  大枯野雲の広さをうつしけり  優嵐

今日はお天気が回復し、強い北風もおさまっていました。
山の上から地上を見下ろすと、住宅地以外は全面枯れた
狐色をしています。雲が流れていくにしたがって、その
影が移動していくのがよくわかります。

寒に入って気温は低くなっていますが、日差しはすでに
冬至の頃に比べるとかなり明るくなっています。あと
ひと月もすれば、”光の春”と呼ばれるまぶしい季節が
やってきます。

□◆□…優嵐歳時記(980)…□◆□

  風雪の窓きしませて神年越  優嵐

「神年越」は「六日年越」ともいい、七日を正月として、
その前日を年越とする習慣を指します。現在でも信州や
近畿一帯、熊本県などで残っているところがあるといわれ
ています。麦飯を食べるところが多く、改めて大晦日と
同じように神々を祭ります。

昨夜は、夕方から発達した低気圧の影響で大荒れの天気に
なりました。寒に入っても暖かいと思っていたら、なんの
今朝は雪が積もって、午前中いっぱい強い北風が吹き続け
ました。

□◆□…優嵐歳時記(979)…□◆□

  六甲に霧たち昇る寒の入り  優嵐

今日は小寒。寒の入りです。一年中で最も寒さが厳しい
ときにあたりますが、あまり寒さは感じません。神戸ベイ
シェラトンホテルで新年句会があり、出かけてきました。
普段はインターネットのブログを使った句会をやって
いますが、こうして顔をあわせながらのリアルな句会は
また別の意味での魅力があります。

考えてみれば近くなのに六甲アイランドに来るのはこれ
が初めてでした。朝方は曇っており、JR神戸線に乗って
いる途中から細かな雨が降り始め、六甲山の山肌を流れて
いく霧が見えました。阪神淡路大震災からちょうど干支
が一回りです。地下鉄サリン事件も同じ年でしたね。

□◆□…優嵐歳時記(978)…□◆□

  初空や風暖かき南国に  優嵐

鹿児島はさすがに暖かでした。きっとめったに霜はおり
ないのではないかと思いました。分厚い上着は不要で、
少し歩くと汗ばむほど。山には落葉樹よりも照葉樹が
多く植生にもやはり南国を感じます。

「初空」とは、元日の空をさす季語です。「初御空」とも
いいます。晴天であれば「初晴」です。季語は四季のもの
とは別に、特に新年だけのものがたくさんあり、「初」
の字がついて、それだけでおめでたい気分が盛り上がり
ます。

□◆□…優嵐歳時記(977)…□◆□ 

  おみくじは中吉なりし初詣  優嵐

元日の夜は霧島温泉の旅行人山荘に泊まり、二日に霧島
神宮へ初詣に行きました。前日の夜に露天風呂でいっしょ
になった地元の方から遅くなると混むときいたので、少し
早めに宿を出ました。霧島神宮の祭神は天照大神の孫に
あたるニニギノミコトです。

さらに足を伸ばして霧島東神社にも行きました。高千穂峰
の中腹、標高500m、御池を見下ろす地点にあります。
ここは姫路にある西国二十七番札所書写山圓教寺の開祖
性空上人が若き日に修行していた所で、境内の一角に上人
の修行像が立っています。

□◆□…優嵐歳時記(976)…□◆□

  開聞岳真ん中にあり初景色  優嵐

元日の景色のことを「初景色」といいます。特に有名な
場所でなくとも元日というだけで、瑞気に満ちています。
元日は長崎鼻から開聞岳を見ました。薩摩富士とも呼ばれ
海面から一気に922mの山頂まで三角錐の美しい山容が
立ち上がっています。

このあと知覧特攻平和会館を訪れました。この施設は
年中無休のようです。戦死者の最年少は17歳という特攻
隊員。痛ましい話ですが、彼らは国や軍の上層部の無能さ、
戦争を煽った世論の犠牲者だといえます。国全体が集団
ヒステリーのようになってしまえば、こんな愚かなことを
若い人に強いるのだと思うと、恐ろしくなります。

□◆□…優嵐歳時記(975)…□◆□

  初明り素肌に受ける露天の湯  優嵐

指宿の初日の出は午前7時31分でした。露天風呂の中で
初日を拝みました。しだいに向かいの山の端の明るさが
増し、いよいよ太陽が山から顔を見せ始めます。

日の出はいつも素晴らしいですが、元日の朝という
だけで、さらに改まったおごそかさが感じられます。
「初明り」とは、元日の朝初めてさしてくる太陽の光を
いいます

太陽が昇ってしまったあとも立ち上がって長い間初日を
見つめている方がありました。何かいっそう感慨深いもの
があったのでしょうか。元日の鹿児島県地方は、日の出
から二時間ほどたつと雲が出始め、昼前には雨が降り始め
ました。

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