優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2008年01月

□◆□…優嵐歳時記(1347)…□◆□

  遠山の雪化粧して近くなる  優嵐

起床して窓から北の山々を見ると、白く雪をかぶって
いました。そのせいか、いつもよりぐんと存在が
大きく感じられました。増位山も中腹あたりまで
木々にうっすらと雪を積もらせています。

路面は濡れていて積雪はなく、ある一定の標高以上の
ところだけ雪になったものかと思います。夕方、山へ
行ってみると、自然歩道にはまだ雪が溶けずに残って
いました。

広葉樹の若木が二本、折れているのを目にしました。
それほどたくさんの雪ではなかったと思いますが、
湿って重い雪だったため、耐えきれなかったのかも
しれません。

080121

□◆□…優嵐歳時記(1346)…□◆□

  昼の雪ひとを静かにさせるべく  優嵐

朝から曇っており北を見ると山が雪雲に隠れていました。
奥は雪だなと思っていると、お昼前からこちらでも雪が
降り始めました。細かな雪ですが、積もることはない
でしょう。このまま夜に入れば別ですが。

このあたりの雪は昼間に降っても気温が高いので、
すぐに溶けてしまいます。雪国の雪とは趣が違い、淡い
はかない雰囲気を持っています。雪国では、雪は冬を
支配する魔王のような存在でしょうけれど。

□◆□…優嵐歳時記(1345)…□◆□

  米粒のひとつ分ずつ日脚伸ぶ  優嵐

夕暮れの時間がかなり遅くなってきました。冬至の
ころは五時には真っ暗だったことを思うと、春が近い、
と感じます。

日が長くなっていくのを祖母が「米粒ひとつ分ほどずつ」
と言っていたのを思い出します。核家族化が進み、祖父母
と同居する子どもは少なくなっています。

嫁姑の問題とかそれはそれで大変ですが、同じ屋根の
下で暮らす祖父母から孫がもらうものは、また独特の
得がたいものだな、と今になって思います。

080119

□◆□…優嵐歳時記(1344)…□◆□  

  後悔はせず反省を寒土用  優嵐

今日は土用です。現在では、土用といえば夏のものを
指していますが、元来は暦法の陰陽五行説に由来し、
一年に四回の土用が設けられていました。

立春、立夏、立秋、立冬の前の各々十八日間が、
それぞれの季の土用です。寒土用は冬の土用で、小寒
のあと、十三日目に土用に入ります。

人間は、バカなことをやって後悔はするものの、反省は
なかなかできず、同じバカなことを何度も繰り返して
しまうものです。今日の句は自戒をこめて。

□◆□…優嵐歳時記(1343)…□◆□

  風花に播磨灘なお輝けり  優嵐

増位山の頂に立つと、冬らしい景色が広がっていました。
北部の山は雪しぐれの雲の下にあり、寒々としています。
南の播磨灘は日差しを浴び、淡路島、家島群島、小豆島も
きれいに見えました。

雪雲から飛ばされた雪片がときおりひらひらと舞います。
そのうちに霰交じりの雪が降ってきました。ぱらぱらと
木々に当たる音、自然歩道がすぐにうっすらと白く
なりました。静かな冬の真昼です。

080117

□◆□…優嵐歳時記(1342)…□◆□

  上気せし頬に寒風ここちよく  優嵐

昨夜はナイターでテニスをしました。寒いときですが、
コートに出てしばらく動いていると汗ばんできます。
汗をよくかく私としては、真夏よりも今の時期の方が
動きやすいとさえいえます。

テニスのようにゲーム性の高いスポーツはウォーキング
やスイミングとはまた異なる面白さがあります。身体を
動かすことの爽快さとともに、勝負や駆け引きを楽しむ
ことができるのです。

ある程度技術が伴わないと楽しめませんが、だから
こその魅力があります。少人数ででき、年齢を問わず
子どもから高齢者までプレーできるテニスは、習得すると
長く親しんでいけるスポーツだと思います。

□◆□…優嵐歳時記(1341)…□◆□

  大霜のやがて明るき鳥の声  優嵐

今朝は冷え込みました。晴れて風がなく、こんな日は
霜が降ります。窓から見える家々の屋根も河原も
霜に覆われていました。久しぶりに寒中らしい寒さを
体感し、真冬はやはりこうでなくては、と思います。

暖かい方が過ごしやすいのは確かですが、寒いときは
しっかり寒いのが四季の巡りとしては望ましいあり方
です。霜が降りる日はいいお天気ですから、昼ごろに
なると、寒さがゆるんで暖かくなります。

頂はまったく風がありませんでした。石のベンチも
太陽に暖められて心地よく、しばらくそこで寝転んで
いました。幸せというのは、こういうひとときです。

080115

□◆□…優嵐歳時記(1340)…□◆□

  人生は生き抜くことぞ虎落笛  優嵐

前の職場の同僚が自殺したという報せを受けました。
ご遺族の心中を思うと、自殺というのは残される人
にとって残酷な死に方だ、と思わざるをえません。
遺言状は書いておくべきですが、”遺書”は書いては
ならないものです。

自分自身、最も衝撃を受けた死というのは、高校生の
ときの友人の自殺でした。戦争も飢えもない日本で
年間自殺者三万人を超えています。漠然とした閉塞感
や虚しさにとらわれる、というのはなんとなく理解
できます。

「何のために生きていかなければならないのだろう」と
考えたことは誰でも一度はあるでしょう。ただ、今は
そういうことは生身の人間には知りえないことだ、と
思うようになりました。

それは、神仏の視点でしか知りえないことではないで
しょうか。人間は地図を持たない人生の航海者です。
不安になったり苦しくなったり…、でもやっぱり
今、このときを生きていくことが何よりも大切なこと
ではないか、と思います。

□◆□…優嵐歳時記(1339)…□◆□

  にぎやかに森に響きし初霰  優嵐

やはり暖冬でしょうか。この冬はまだ雪が降っておらず、
霰もこれが初めてです。しぐれ雲があちこち動いている
のが見えましたが、森へ行きました。

予想通りしぐれがやってきました。ただ、木々の葉に
当たる音が大きく、霰だろうと思っていると、地面にも
いくつか霰が降ってきました。

□◆□…優嵐歳時記(1338)…□◆□

  遺言の話などして寒の内  優嵐

風雨の朝でした。昼ごろに雨はあがり、風が残りました。
少し寒くなるようです。自分の遺言状を書くべくいろいろ
本を読んでいるうちに、親に遺言状を書いてもらって
おいた方がいいなと気づきました。

両親のどちらか一方が亡くなった場合の相続(一次相続)
は比較的スムーズにいくようですが、残った方の親も
亡くなったときの二次相続はなかなか大変なことが多く、
もめることにもなりやすいようです。

わずかな資産をめぐってわずかな親族がトラブルになる
というようなことだけは避けたいですね。

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