優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2011年11月

□◆□…優嵐歳時記(2735)…□◆□

  蔦紅葉散るは社の石段に   優嵐

一日どんよりとしたお天気でした。雨が降りだす前にと増位山を歩いてきました。今にも降りそうでいながら雨は落ちず、夜に入ってから降りだしました。紅葉が散り始め、一雨ごとに寒くなっていく時期です。蔦の紅葉は葉が大きくよく目だちます。梅も少しずつ葉を落としています。

梅林で猪を見かけました。あの怪我をしていた猪ではないようです。人がいるのに気づかずに地面をあさっていました。私が歩きだして、かすかに音をたてるとばっと逃げ出しましたから。去年小さな猪が新しく住み着いているのに出会いました。恐らくそちらの猪でしょう。去年と比べると身体が二周りほど大きくなっています。

IMG_2309<約束>
誰かと交わした約束を守ることは大事
けれど一番大事なのは
自分自身と交わした約束を守ること


□◆□…優嵐歳時記(2734)…□◆□ 

  廃屋に白き山茶花咲き続く  優嵐

朝方曇っていましたが、日が高くなると晴れてきました。増位山から弥高山経由で広峰山を回るコースを歩いてきました。シャツ一枚でも歩いていれば汗ばむ気温ですが、立ち止まると寒さを感じます。やはり冬だと思いました。

弥高山の頂上直前でベージュ色の蛇に会いました。冬眠前で身体の動きが鈍くなっているのか、あわや踏みそうになりました。蛇は素早く動いている時は身体がぴんとしていますが、のんびりしているときはラーメンのように微妙に縮れています。筋肉をリラックスさせているからでしょうか。

広峯神社へ入る手前に廃屋があります。その土塀の中で真っ白なサザンカが花をつけていました。樹高数メートルはある木で、無数に花を咲かせています。かつてここにお住まいだった方が植えられたのでしょう。「北風(きた)吹かば白く咲きにし山茶花よ 主なしとて冬を忘るな」

IMG_2303<落葉>
落葉樹は秋が深まると
葉を手放す準備を始める

春に自ら生み出した葉を
冬にはすべて落としてしまう

「これは私のものだから手放したくない」
木はそんなことは言わない
抵抗しないことの自由
すべてのものにめぐる季がある

葉は太陽と土と水からもらったもの
それならばそこに還すことに
何のためらいがあるだろう

来年の春には再び与えられる
もし与えられないなら
それはもう不要ということ


□◆□…優嵐歳時記(2733)…□◆□

  捨てられし大輪の菊に差す冬陽   優嵐

随願寺の境内を散歩していたら、一画に先日まで庫裏前に飾られていた大菊が捨てられていました。菊は手入れが大事で、花の時期が過ぎると鉢をきれいにして、来年のための土作りが始まるようです。大菊の栽培は大変手間のかかる作業であり、それを熟知していればこその菊の品評会なのだろうと思います。

全然知らない人が見れば「あー、菊ね」で終わってしまうのかもしれませんが、その道に少しでも親しんでいれば、咲かせるまでの苦労に思いが至り、より楽しめるのでしょう。「その道」というのはどんな道でも紆余曲折、失敗と苦心、創意工夫があり、だから面白いとも言えますね。

IMG_2297<旅>
可愛い子には旅をさせよ
苦労は買ってでもせよ
これらの諺の意味が昔はわからなかった
苦労なんかしない方がいいに決まっているじゃないか

ところが実は違う
苦労にこそこの世界を生きる面白さがある
人生は旅であり
旅とは苦労であり
旅の楽しさはその過程にある
どこかに到達したら旅は終る

□◆□…優嵐歳時記(2732)…□◆□

  木枯しの森に陽光きらめける  優嵐

午前中は少し風がありました。木枯しといっていい風でしょう。例年木枯し一号は10月末から11月前半のうちに吹きますから、今年もすでに木枯しの季節に入っています。木枯し、はて?という感じの今年です。森へ行くと風はさらに強く感じられ、色を変え始めた木々の葉が揺れ、そこに当たる日差しも揺れ、森全体が明るく感じられました。

かなり風が強いのだと実感したのは、ベランダの手すりに立てかけていたMDFボードの絵が倒れていたからです。MDFボードに描いた絵はオイルパステルを定着させるためにアクリルシリコンスプレーを最後にかけます。三回重ねてスプレーをかけるため、その間はベランダにおいています。雨の日やあまりにも風が強い日は避けます。昨日は風は多少あるものの、それほどでもない、と思っていましたが、お昼前後は結構強く吹いたようです。

IMG_2288<黒>
オイルパステルの彩色で
一番変わったことといえば
黒を使わなくなったこと

以前は影の部分に黒を使っていたのだが
今では全く使わない
影に黒を使うと絵がくすむ

黒は大変強い色で
どうしても使いたいときにのみ
使うようにしている
一種の劇薬

□◆□…優嵐歳時記(2731)…□◆□

  冬ぬくし真綿のごとき雲の出て   優嵐

暖かな一日でした。夕方、北の空を見たら夏のような雲が出ていました。風がなく、快晴でしたから内陸部の温度があがったのでしょう。暖房器具どころか、裸足で過ごしてもいいくらいでした。

『優嵐アウトドア世界探検』のディスプレイの微調整ですが、これはブラウザによって変わるということがわかりました。私はIE、FireFox、Chromeの三種類のブラウザをインストールしていて、場合によって使い分けています。これらで同じページを見ると微妙に見え方が違うのです。

IMG_2284<ゲーム>
この世を生きていくということは
ある種のゲームに参加しているのと似ている

サッカーでは手を使ってはならない
テニスではボールが二度バウンドしてはならない

実人生ではどうでもいいことが
そのゲームの中では死活問題になる

人生で譲れないこと
これこそ重要なこと
そう思っていることのすべてが
この「ゲームのルール」のようなものだ

ゲームに参加している間は
そのルールに従っていこう
けれど
それは単なるゲームなのだということを
忘れないように

□◆□…優嵐歳時記(2730)…□◆□

  稜線を目差す山路に冬紅葉   優嵐

暦のうえで冬に入ったあとの紅葉を「冬紅葉」といいます。日曜日には、宍粟市のおごしき山(1,095m)にある「平成之大馬鹿門」へ行ってきました。山頂近くにあるぶなの森はほとんど落葉していましたが、楓類はまだかなり紅葉を残しており、きれいでした。

『優嵐アウトドア世界探検』をライブドアへ移行したのをきっかけに、山行やツーリング、旅行などの記録はそちらに主に記して、リンクで繋ごうと考えました。平成之大馬鹿門への山行記はこちらをクリックしてください。

『優嵐アウトドア世界探検』ではこれまで「だ・である」文体で書いてきました。しかし、これも「です・ます」文体に統一します。こちらの文体で書く方が自分自身にはしっくりくるからです。不思議なもので、詩は「だ・である」が書きやすく、エッセイ・記録は「です・ます」が書きやすのです。

山から戻ったらうれしい知らせがありました。また絵を買ってくださった方があるのです。『ぼうぶらやナンキン南瓜とうなすび』が手元を旅立ちます。ありがとうございました。今後も毎週一作はART-Meterに出品したいと考えています。

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□◆□…優嵐歳時記(2729)…□◆□

  冬鳥へ残せる柿の色増せり   優嵐

土曜日はブログをココログからライブドアへと移行した『優嵐アウトドア世界探検』の細かなディスプレイ調整をしていました。サービス主体が変わると微妙なところでずれが出るものだと実感しました。すべてを完璧にするのは多分無理でしょう。今のブログはいろいろ細かなことができるようになっていますが、それがブログ移行の際には仇になる気がします。

写真がとても少ないのは、ほとんどがフィルムカメラで記録していて、デジタルデータには変換していないからです。それだけでも時代が大きく変わったのだとわかります。写真そのものはそれなりにありますから、これを機会に昔の写真を参考に絵を描いてみようかと思いました。

描いた絵を写真代わりに旅行記に入れ込んでいけば、アナログ写真を単にデジタルにして取り込むよりも楽しいでしょう。せっかく絵を描くようになったのだし、ブログを移行したというのをひとつのきっかけにしたいと思います。こういう予期せぬ展開があるので、何かを揺り動かしてみるのは面白いのです。

IMG_2272<十分に>
随分遊んだものだと思う
あのころはそれが楽しかった
十分やった
だから次のステップへ進むことができる

やりたいことは十分やれ
どこが十分かは自分がよく知っている

□◆□…優嵐歳時記(2728)…□◆□ 

  冬菊のほのかに紅を刷きにけり   優嵐

ブログのひとつ『優嵐アウトドア世界探検』をココログからライブドアに引越しました。260ほど記事がありましたが、写真が少ないせいか、引越しそのものにそれほど時間はかかりませんでした。細かなディスプレイ上の調整を済ませば引越し完了で、あちらを閉鎖しようと思っています。ココログには『COXの読書ノート』のみ残します。以前、『優嵐歳時記』を移行したときとは随分な違いだったので驚きました。

ブログを書き始めたのは2004年でした。比較的早い時期で、あのころから比べるとサービス内容がかなり変わっています。『優嵐歳時記』を最初に書いていたブログサービスは閉鎖されてしまいました。あのときは、閉鎖を後になって知ったので、記事のデータを送ってもらい、手作業で移行しました。

今はそれなりに大手のブログであれば、引越しはとても簡単にできるようです。移行の理由は「優嵐」という名前を冠したブログを一ヶ所に集めようと思ったことと、ライブドアのサービス様式が一番自分のニーズにあっていると感じられたからでした。

『優嵐スケッチブック』を始める時、あちこちのサービスをのぞいてみました。ここに決めたのは、絵を最も大きく表示できるのが、あの時点ではライブドアだったからです。これまでいろいろなブログのサービスを試し、ブログの内容もかなり変遷しました。

『優嵐アウトドア世界探検』は最も長く続けられるだろうと思っていたものでしたが、2008年で更新が途切れています。逆に『優嵐歳時記』は100日かそこらで終りだろうと思っていたのに、今で7年9ヶ月続いています。インターネットを使ったサービスはいろいろありますが、ブログはその中で自分に一番あったサービスかもしれない、と思っています。

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□◆□…優嵐歳時記(2727)…□◆□

  ことごとく折れ尽くしたり蓮の骨   優嵐

「蓮の骨」とは、枯蓮のことです。夏、風に優雅に揺れていた蓮の葉は冬になると枯れて無残な姿になります。その茎が折れ曲がった様子を骨にたとえたものです。立冬が過ぎてやはり周囲が冬めいてきました。日暮れがぐんと早まっているのもそうですし、朝方はいいお天気でも午後になると曇りがちの重い空模様になるところもそうです。

IMG_2267<巡る季節のなかで>
来たものに沿っていくことは
季節にあわせて暮らすことと似ている

冬がくれば
それにあわせて衣服を調節し
暖房を用意し
食べものや暮らし方を工夫する

冬には冬に沿い
夏には夏に沿う
巡る季節を捻じ曲げたりはできない
人はそれに沿って生きることで生かされる

□◆□…優嵐歳時記(2726)…□◆□ 

  立冬の日差しやわらかハーレーに    優嵐

立冬の日に増位山へ行ったら、真っ白なサイドカー付きのハーレーが停まっていました。ライダーは公園の中でお昼寝中のようでした。少し気温が下がってきたので、新しく購入した遠赤外線電気ストーブを出してつけてみました。ヤグラ炬燵の電熱器の調子が悪く、買い替えなければと思っていましたが、絵を描き始めて、遠赤外線ストーブの方がいいかもしれないと思いました。

つけてみて、想像以上に暖かいのに驚きました。遠赤外線のまろやかな暖かさも気に入りました。直接の電熱で暖まるわけではなく、ほわっと全体の空気が暖かくなる感じです。炬燵のように部屋が狭くなることもないですし、自由に動き回ることもできます。これはなかなかいい買物だった、と思いました。

IMG_2266<受け入れる>
「来るものは拒まず、去るものは追わず」という
実際には
「来るものは拒めず、去るものは追えず」である

世界が差し出すものを人間は拒めない
それならば
受け入れてみよう
そこから全てが始まる

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