優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2012年01月

□◆□…優嵐歳時記(2786)…□◆□ 

  瑠璃色の蝶に出会いし寒真昼   優嵐

増位山梅林のあずまやで広げた翅が瑠璃色をした小さな蝶を見ました。私が近づくのに気づいたのか、さっと翅を閉じてしまいました。すると周囲の枯葉と同じ色になり、一瞬目を離すともう姿がありませんでした。しかし、この季節にあんなにきれいな色に会うとうれしくなります。寒とはいえ、昨日は風もなく暖かく、蝶ものんびりしているように見えました。

腕はまあ、ぼちぼちです。通常の動作にはほとんど不都合はありません。しかし、油性ボールペンで字を書くなどといったことはまだ違和感があります。シャープペンや万年筆で絵を描くには全く不自由はないのに。腕、肘、掌、指の連合的な動きの精密さに驚くばかりです。

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ワトソンブック厚口190g SM(227×158mm)、万年筆PARKER SONNET(M)&プラチナ顔料ブラック、PILOTクレオロール

クレオロールと顔料インクのみで描いた絵はこれです。ZARDのSingle Collectionの坂井泉水さんのポートレイトを見ているうちに、これをカマイユ的に描けるのではないか、と思ったのです。この絵は最初に万年筆で線描し、次にクレオロールのこげちゃで陰影をつけ、ホワイトスピリットで陰影の濃淡をつけています。その後、肌の部分にペールオレンジを、髪に再びこげちゃを塗っています。

クレオロールがオイルパステル類と違う点は、紙にいったん描いたものはその上からクレオロールで描いても色が混じってにごることがないというところです。ちょうどアクリル絵具を透明水彩的に使って重ねるような感じになります。こういう性質があるので重ね塗りが容易です。オイルパステルの場合は、隠ぺい力が強いため、こういう透明な感じにはなりません。

この絵にはワトソン紙のナチュラルなものを使っています。紙がややクリーム色がかっており、それも肌の感じをあらわすにはよかったかもしれません。この絵を描いたあと、一番お手ごろで、ずっと描いてきたマルマンの画用紙のスケッチブックに別の絵を描いたら、なんだか絵の感じが違うと感じました。

紙によって絵が変わるということをはっきり体験して、紙を選ぶ時期に入ったのかもしれない、と思いました。オイルパステル類は紙を選びません。紙のデリケートな性質を覆い隠してしまう隠ぺい力があるからです。クレオロールもキャンバスやMDFボードの上でそういう描き方もできるでしょう。しかし、むしろ透明水彩画的に使うのがクレオロールの持つ特徴を活かせるのではないか、と感じます。

ワトソン紙は水彩紙の一種です。水彩紙はいろいろ種類があり、最も高級とされるフランス製のアルシュは同じ大きさのマルマンスケッチブックの20倍の値段がします。それはちょっと今の段階では私にはぜいたく品と思えますので、それ以外の水彩紙を描き比べて一番自分にあいそうなものを見つけようと思います。



□◆□…優嵐歳時記(2785)…□◆□

  山眠る下を流れし川もまた   優嵐

冬の山を「山眠る」といいます。葉を落とした植物は冬眠しているともいえ、的確な表現です。日本海側では雪で、太平洋側、瀬戸内沿岸では少雨のために流れ込む水が減り、川の流れが細っています。そういえば雨らしい雨は二週間以上降っていません。異常乾燥注意報が出たままになり、火事が起こりやすくなるのはこの時期です。

絵に関しての試行錯誤は続いています。昨日またひとつ気づいたことがあり、それを元に描いてみたところ、これはなかなかいい方法ではないかと感じています。オイルパステル類ではなく、クレオロールをメインで使ってみました。クレオロールはパイロットが筆記用具の開発で培ったゲルインクの技術を応用して作った画材です。固形の芯が、書くときの圧力で紙に接した時だけ液状ゾルに変化するという特徴があります。

このため、描くときの筆圧がほとんどいりません。クレパスやクレヨンが油性ボールペンだとしたら、こちらは水性ボールペンか万年筆並みの軽やかさです。また、クレオロールは油性であり、オイルパステル類と同じくホワイトスピリットでなぞると溶けます。このことに気づき、水性顔料インクのブラックで線描してクレオロールのみで描いてみました。

まず、腕に負担がかからないと改めて実感しました。オイルパステルどころかクーピーペンシルと比べても軽く、どうしてこのことに気がつかなかったんだろう、と自分で不思議でした。メインの彩色道具として使うという意識がなかったため、そこにあったのに目を向けていなかったんですね。さらにホワイトスピリットでなぞるとクレオロールは溶け、万年筆の線描はそのままでした。オイルパステルもホワイトスピリットに溶けますが、溶け方のスムーズさではクレオロールにかないません。

IMG_2585<青い鳥>
幸せの青い鳥は単なるお話ではない
あれはあらゆることにあてはまる

誰もが成功の秘訣や幸せの鍵は
どこか遠いところにあると思っている
そうではない

それらはみんなあなたのすぐそばにあり
発見されるのを待っている
 



□◆□…優嵐歳時記(2784)…□◆□

  坂下りる晩冬の日差し踏みしめて   優嵐

「寒」は寒さの盛りです。しかし、寒が明けると暦のうえでは春です。寒は晩冬なのです。土曜の夜から日曜にかけて『ZARD 20th Anniversary Special-24時間ニコニコ生放送』を見てほぼ徹夜をしてしまいました。睡眠不足に弱い私なのですが、意外にあまり眠くならず、途中一時間ほど仮眠しただけでした。最初に全曲一挙放送というのがあり、それを聴いていると、さすがに凄いものだなと思いました。ZARDがこれだけの楽曲をこんなにたくさん生み出した、そのことを身をもって感じることができました。

YouTubeには親しんでいましたが、ニコニコ動画はほとんど観たことがなく、まして生放送というのがどういうものなのか見当がつきませんでした。実際に体験してみて、いろいろ仕掛けがしてあってYouTubeとはまた違う楽しみ方ができました。インターネットライブといったらいいでしょうか。

最初、画面に一面にテロップが流れるので「これはいったい何?」と不思議でした。画面の下にコメントを記入する欄があり、見ている人がコメントをどんどん流せる仕組みになっているのです。双方向のやりとりもある程度可能ですし、全国で見ている人のいろいろなコメントが流れてきます。

最初は面食らったのですが、しばらくするとこれがニコニコ生放送ならではの醍醐味だと気がつきました。直感的にどうすればいいかわかりやすくなっていますので、戸惑うこともありません。途中からコメントを自分でも入れ始めると、楽しさの質が違ってきて最後まで飽きることがありませんでした。坂井泉水さん自身は映像としてしか登場できませんから、それをスタッフ、視聴者が共同で盛り上げる、そういう面白さがありました。

短時間にどんどん流れるコメントであり、文字しか使えないという制約がありますから、コメントする視聴者も独特の方法を編み出しています。たとえば「8888888」と8を連ねたものがいくつも出てきます。最初、これが何のことかわからなかったのですが、すぐに「ハチ? パチ、パチ、パチ…、あ、拍手か」と気づきました。また半角カタカナで「ノシ ノシ 」と書かれて、「のし」って何なんだと考えているうちに状況を見ていたら、手を振るような場面でこれが書かれていることに気づきました。(^^)ノシ

こういう文字の独特の使い方はほかにもあり、「菓子職人乙」と出て、これもいったい何だろうと思いました。けれど、すぐに歌詞のテロップを書いて画面に流してくれる視聴者に、ご苦労様と言っているのだとわかりました。「菓子→歌詞」「乙→お疲れ様」です。コミュニケーションというのは、こういうものなんだなと感心しました。おもしろかったのは「丼中止」です。これは、昨日の放送の中で生まれた独特の略語というか。ああいう参加感覚にあふれたライブは、インターネットの新しい時代の楽しみ方だと思いました。

ZARD SINGLE COLLECTION~20th ANNIVERSARY~

□◆□…優嵐歳時記(2783)…□◆□

  人日の遮断機ゆっくり開きにけり   優嵐

「人日(じんじつ)」とは一月七日のことです。中国の習俗で、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにしていました。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていました。五節句のひとつです。この日に七種類の野菜を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝わって七種粥になりました。

お正月休みが明けてすぐの週末が、成人の日を伴った三連休になり、本格的な始動はこの休みが明けてからという心境の方も多いでしょう。多くの学校の休みもこの三連休で終わりです。関東では松も明けました。

IMG_2599<時間>
お正月気分でのんびりしているうちに
新しい年の第一週が過ぎ去った

ウサギとカメの童話を
今ならば
ウサギが人間で
カメが時間だと思う

まだまだ時間があるさ
そう思って眠っているうちに
着実なカメ(時間)はウサギ(人)を追い越してゆく


□◆□…優嵐歳時記(2782)…□◆□ 【寒の入り】

  やわらかき陽の竹林へ寒の入り  優嵐

昨日は二十四節気の「小寒」、寒の入りでした。姫路は暖かく増位山の梅林へ行ってみると、周りの竹林をゆらす風に「初東風(はつごち)」を感じました。初東風は、新年の季語で、その年初めて吹く東風のことです。陰暦の新年はまさしく初春であり、新年に初めて吹く東風をこう呼んで、春が近いことを喜びとしたのです。太陽暦では、寒さの本番はこれからですが、日差しは確実に強さを増しています。

右腕は、前腕部から掌、指にかけてのどこかがまだおかしいのだと思います。思ったよりも元に戻るのは時間がかかりそうです。しかし、腕の調子がおかしくなって絵の方は別の描き方を試みるようになっています。ここ数日顔料インク入りの万年筆とオイルパステルの組み合わせで、『優嵐スケッチブック』に奈良の寺院建築を描いています。

腕の調子が通常のままであれば、おそらくもっと細々と細部を描きこんだのではないかと思うのですが、今はそういうことがしにくいので、万年筆で線描した後、クレパスでざっと色をつけるという描き方です。細やかには塗れませんが、これが逆に透明水彩の淡彩画のような感じで、今までの自分の絵にはなかった雰囲気です。

IMG_2595<変化>
人間がものごとは変わらないと
思いがちなのはなぜだろう

季節は巡り
川は流れ
時代は変わる

何もかもひとときも
前のままではないのに
それは太古の昔からそのようであるのに

なぜか人間は
今がそのままずっと続くように思ってしまう



□◆□…優嵐歳時記(2781)…□◆□

  蝋梅に薄き陽のさす五日かな  優嵐

お正月は七日までそれぞれ一日ずつが季語になっています。関東の松の内ということなのでしょう。関西の松の内は十五日までですが、今では三が日が終われば社会からお正月気分はほとんど消えてしまいます。四日から五日の朝にかけては冷え込んで、今朝は真っ白に霜が降りていました。

随願寺で今年の干支の絵馬をいただいてきました。右腕の調子はほとんど回復している、といえそうでいえない感じです。どの部分でもそうですが、身体の各部のことを全く忘れている状態が完璧な健康状態です。まだちょっとした動作のときに腕のことを気遣いますから、完璧とはいえません。普通にしていて痛むとかそういうことはありませんが、ここで無理をしてはいけないと自重しています。

右腕の調子が悪い間にパソコンを買い替え、マウスを左手でずっと操作しています。前のPCでは左手仕様にしていたのですが、それではホイールパッドを使うときに不便だということに気づき、今は左手の中指と人差し指で操作しています。右手の人差し指の役割を左手中指が果たし、右クリックは左手人差し指が担当しています。キーボードだけでなく、マウスも両手で使えるというのは、いいものです。

IMG_2597<痛み>
痛みを感じなければ随分楽だと思うだろう
実際に痛みを感じない「無痛症」と疾病がある
この病気の人は大きな怪我が絶えないという

痛みが無いので加減がわからない
痛みは困ったもののように思われて
実は生存のために欠かせないセンサー




□◆□…優嵐歳時記(2780)…□◆□

   新春の山河見下ろし頂に  優嵐

久しぶりに増位山へ行ってきました。四日は風が強く、午後からは雪が舞い気温が下がりました。三が日が終わるのを待っていたかのような寒波です。これから最も気温の低い時期に入っていきます。それでも光が日ごとに明るくなるのがわかります。随願寺の境内でロウバイが咲き始めていました。

VOCALOIDはヤマハの音声合成ソフトです。初音ミク、鏡音リン・レンなどいくつかのソフトが市販されています。これまではこうしたソフトを作るために、生身の人間が数多くの音節を実際に歌ったものを元にして、『歌声ライブラリ』を構築する必要がありました。ところが最近、ヤマハの研究チームは、故人である植木等さんの声を元に音声合成ソフトを開発することに成功したそうです。

開発段階では「ウエキロイド」と呼ばれていたこの技術を応用すれば、すでに故人となっているアーティストの「新曲」を聴くのが可能だということになります。英語よりも発音の種類が少ない日本語は、より自然に聴かせることが技術的に容易なので、近い将来、何らかの応用はされるに違いありません。そうなったら、私はZARDの「新曲」を聴きたいですね。

IMG_2593<可能性>
VOCALOIDソフトで歌声がよみがえることを
不気味だという人がいるかもしれない
アーティストへの冒涜だとも
そうだろうか

初めて写真ができたとき
魂を吸い取られると恐れた人がいた
絵画の敵だと真剣に抗議した人もいた
しかしそうではなかった

録音技術ができたことで
演奏者や歌い手は自分の仕事を後世に残すことが
可能になった

新しい技術は新しい可能性を開く



□◆□…優嵐歳時記(2779)…□◆□

  そこにある日を珠として初暦   優嵐

「初暦」とは、新年初めて新しい暦を使うことです。真新しいカレンダーの表紙をあければ、そこに新しい年のまっさらな日々が並んでいます。それぞれの日を大事に暮らしたいと思います。

年末から年をまたいで、志村ふくみの随筆集『一色一生』を読んでいました。著者は人間国宝の染色作家です。去年の秋から絵に力点を置いて本を読む数が減っていました。もともと読書は大好きで、その読書記録を『COXの読書ノート』にまとめてきました。こうして書いていると、あとで自分自身が読み直し、本の内容を思い返すことができます。

時期によっては、本の内容を選ばず片っ端から読んでいることもありました。去年の秋あたりからもっと読む本を絞ろうと思い、絵を描くのが面白かったこともあって、ほとんど読書らしい読書をしないうちに過ぎました。10月以降、読了した本はわずか4冊で、本から遠ざかるかもしれないと思っていました。

しかし、今回読んだ『一色一生』は印象深い本になりました。考えてみると、腕の調子が悪くなったのは、ちょっとペースを落としてもう一度ゆっくり本を読みなさいという示唆かもしれません。濫読はそろそろ終わりにしてもいいけれど、じっくり良書を読めということなのだ、と思います。

IMG_2572<珠玉>
文字だけで学べることは少ない
しかし
文字に起こしてこそ
伝えられることもある

文章を書くことを生業にしている人の
文章だけがすばらしいわけではない

優れた仕事をした人の
心から生み出された文章は
必ず何か光ったものを届けてくれる

□◆□…優嵐歳時記(2778)…□◆□ 

  新しき技法に気づく筆はじめ  優嵐

「筆はじめ」とは新年に初めて書や絵をかくことをいいます。『優嵐スケッチブック』、二日には、興福寺南円堂の大晦日の夕暮れを描きました。耐水性の顔料インクの万年筆で線描して、クーピーペンシルやクレオロールで彩色するというのがこれまでの紙への描き方でした。去年の暮れにクリスマスローズを描いたとき、背景にクレパスを塗って一部を揮発性油でぼかす試みをしました。

今回はそれを進め、彩色をクレパスのみで行った後、全体にホワイトスピリットをかけて色を紙にしみ込ませています。油は水をはじくので、油性のマーカーなどで線描し、透明水彩で彩色することを説いている技法書はいくつか読んだことがあります。今回の描き方はそれの逆パターンになっています。

耐水性の顔料インクはホワイトスピリットのような揮発性油には溶けません。ですから、オイルパステルを溶かして色をぼかしても、線描の鮮明さはそのままなのです。紙の上でオイルパステルと顔料インクを使って描くという、私にとっては新しい方法です。いろいろな紙でこの方法を試してみようと思っています。

IMG_2578<思い込み>
パソコンの新しいソフトが思うように動いてくれず
なぜなんだろうと頭をひねる
動かなければおかしいはずと
あちこちクリックを繰り返す

こういうときは
ヘルプを見てもまずヘルプにはならない
ああだこうだとやってみて
あるときふと気がつく

気がついてそれをやってみれば
ばかばかしいほど単純なところで
つまづいていたことがわかる
単純すぎてヘルプにさえ書けないほどのこと

なぜそんなことに気づかなかったのか
それは自分自身の「思い込み」から

扉が開かないと一生懸命押しているが
その扉は引いて開けるものではないのか?



□◆□…優嵐歳時記(2777)…□◆□

  初空や奈良のみやこの鴟尾のうえ   優嵐

「初空」とは、元日の空を意味します。淑気に満ちた空であり、晴れていれば「初晴」ともいいます。新年を迎えるために奈良へ行き、大晦日には法隆寺へお参りしました。法隆寺を訪れたのは二度目でしたが、こんなに境内が広かったかしら、と改めて驚きました。奈良へ来ていろいろなものを見ていると、江戸時代が「最近」と感じられるので、不思議です。

夕方には春日大社、興福寺あたりを散策しました。宵闇が深まってくるころ、興福寺の五重の塔の上に除夜の月が光り始め、今年が暮れていこうとしているのだなあ、と感慨深いものがありました。元日は東大寺で大仏さまを拝観し、その後、唐招提寺、薬師寺をまわりました。両日とも暖かく風もなく、のんびりとお寺を拝観し、天平の時代の空気に思いをはせながらお正月を過ごすことができました。

IMG_2576<一年の計>
一日一日をしっかり生きる
一年という漠然とした長さではなく
基本単位は一日

いいときはいいときなりに
そう思えないときはそれなりに
来るものを受け止めて生きていく

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