優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2012年02月

□◆□…優嵐歳時記(2815)…□◆□

  冴返る中に紅梅開きゆく   優嵐

立春の後、暖かい雨の日が続きました。昨日は晴天でしたが気温は低く、午後からは風も出ました。暖かい日があってはまた寒くなり、その繰り返しで春は進んでいきます。春の暖かさを感じたあと、また寒さが戻ってくることを「冴返る」といいます。お昼の増位山の気温は3℃でした。それでも紅梅は昨日より開花が進んでいました。いったんスイッチが入るともう後戻りしないのでしょう。

ウェブで、部屋を美しく保つには毎日15分の掃除の時間をとればよいという記事を読みました。まとめて整理整頓・掃除をしようとするから挫折してしまう、というのですが、それは当たっています。断捨離以後、掃除を「仕事」ではなく気分転換としてやるといいと気がつきました。

絵を描くのは好きですが、そればかりやっていると飽きます。飽きたら意欲が落ちるので、何か別のことをして気分を変える必要があります。そこにうまく掃除をはめこんでやれば、気分転換&整理整頓・清掃の一石二鳥です。ここで掃除をやりすぎると掃除に飽きますので、途中でもいいから10分か15分したらやめます。のめりこむとよくありません。

IMG_2695<気分>
身体は自分のものではないと気づいた
そして
気分も自分のものではない

自分のものならば
自分で思い通りにできるはずだ
ところが気分はそうではない

気まぐれな恋人のように
なだめすかし
ご機嫌をとり
甘い言葉で誘惑して
その気にさせなければならない

こんなものが
どうして自分のものであったりするだろう

恋人ならば
愛想をつかせば別れることができる
しかし気分は別れることができない
それなら
うまくつきあう方法を考えよう

□◆□…優嵐歳時記(2814)…□◆□ 

  朝の雨宿して梅の開き初む   優嵐

二日続けて雨模様となりました。暖かい雨です。増位山梅林の紅梅がそろそろ本格的に咲き始めました。去年は別の一本が最初に花開いたのですが、今年は寒中から一輪だけ咲いていたこちらの方の開花が早いようです。ここの梅林には、もっとも早く咲く紅梅から桜の咲くころまで咲いている白梅まで、数種類のものが混在しています。これから一ヶ月半、毎日開いていく梅の花とその香りを楽しめます。

境内を後にして駐車場へ向かっていたら、鳥が鳴き交わす声が聞こえて来ました。姿は見えません。数羽以上のグループが山の尾根をはさんで鳴き交わしているように聞こえます。春になれば冬鳥は北へ帰る準備を始めます。鴨類なのか、それともそれ以外の鳥なのか、鳴き声を形容しようにもうまく言葉にできません。

実際、聞きなしというのは難しいものです。雉はケーンケーンと鳴くと思い込んでいたので、フォーンフォーンと聞こえる声を雉とは思わず、姿を見るまでどこかの鶏なのかしら、と思っていました。鶏にしても、日本人はコケコッコーと形容しますが、英語圏ではコッカドゥードゥルドゥーというそうです。

IMG_2716<都会>
都会を描くのも面白いと気がついた
同じように見えるビルも
よく見ればそれぞれ色も形も違う

空もあれば雲もあり
街路樹や行き交う人々の姿もある

絵を描いて気づいたのは
世の中に面白くないものなんて無いということ
面白くないと思っているのは
よく見ていないからだということ


□◆□…優嵐歳時記(2813)…□◆□

  二月の雨あたたかき雨と思いけり   優嵐

昨日は夜から降った雨がいったん朝にあがり、その後、再び夜に入ってから雨になりました。日差しが一日中ありませんでしたが、気温は高く、午後八時ごろでも外気温は9℃でした。日差しに暖かさを感じるのも春らしいことですが、こういう雨にも春らしさを感じます。

寒い間はやはり身体がどこかで緊張している感覚があります。無意識に寒さに備えている、そういう感じです。それは暖房の効いている部屋にいても変わりません。本能が外気温の寒さを知っていて警戒しているのでしょう。ただ、いったん暖かさを覚えて再び寒さがぶりかえすとけっこうこたえるのも確かです。だから昔から「暑さ寒さも彼岸まで」と言って注意していたのかもしれません。

IMG_2702<パートナー>
ケガをしてわかった
身体は私のものではない
私のパートナーだ

日夜忠実に私の欲求にこたえてくれ
多少の無茶はきいてくれる

今まであまり大きな病気もなく
ケガも不調もなくやってこれたのは
私が素晴らしかったわけではない

私に与えられたパートナーが素晴らしかった
それをあたりまえのことだと思って
感謝することもなかった

この世の経験を与えてくれる
貴重なパートナーに
あらためて感謝を


□◆□…優嵐歳時記(2812)…□◆□

  寒明けのビルを受け止め空真青      優嵐  

「寒明け」とは、寒が明けることですから、立春と同じ意味です。立春の日は堂島にいました。堂島リバーフォーラムの前に高層ビルがあり、真下から見上げることができます。青空が気持ちよく、春だなと思いながら見上げていました。今日は坂井泉水さんの生誕45周年になります(1967年2月6日出生)。久しぶりに彼女の肖像を描いてみることにしました。

<この愛に泳ぎ疲れても>
IMG_2712
ストラスモア水彩紙<インペリアル>300g(中厚口) 中目SM (228×157mm)、万年筆PARKER SONNET(M)&プラチナ顔料ブラック、PILOTクレオロール、パイロットゲルマーカー

『この愛に泳ぎ疲れても』(94.2.2)のシングルジャケットの写真を元にしています。写真そのものの陰影の調子が強く、例によって目元があまりはっきりしないというポートレイトです。しかし、逆に顔のパーツをはっきり描こうとせず、彼女の持つ雰囲気を描くようにすればいいのかもしれないと思いました。

このブログも今日で満8歳になります。書き始めたころから考えるとあれこれ変遷しています。このブログは私にとっては自分がおもしろいと思ったこと、興味を持ったことを試して、考えを広げていく場です。ブログというメディアに出会えてよかったと感謝しています。

□◆□…優嵐歳時記(2811)…□◆□ 

  立春の海は青さを加えおり   優嵐

立春の昨日は、快晴でした。大阪の堂島リバーフォーラムでおこなわれたフィルムコンサート『ZARD Screen Harmony 2012 〜Last Memories〜』に行ってきました。明石海峡の横を通ると、海が明るくきらきらと光り、「ああ、春なんだなあ」と思いました。

2010年の『Screen Harmony』はそれまでにおこなわれた追悼ライブの映像を編集したものでした。今回はそれとはまた異なる編集で、未発表の映像もありました。コンサートと名づけられているだけあって、バックの演奏がちゃんとライブの演奏になっているのには驚きました。CD音源を流しているのではなく、生演奏ではないにしても、坂井泉水さんの歌にあわせてバンドが演奏している形になっています。レコーディング中やPV撮影中の映像も入っており、構成はさすがだと思いました。

観客のみなさんの印象は、全体に抑制が効いて、礼儀正しい、しかし、静かな情熱を持っている、そういう感じでした。これはこれまでの追悼ライブなどでも感じたことでした。なんといえばいいか、典型的な日本人のよさを体現した人たちです。そういう人たちがZARDの音楽にひかれ、ZARDを支えたのじゃないか、と思います。そして、抑制が効いて、礼儀正しく、静かな強い情熱を持っている、というのは坂井泉水さん自身の姿でもあるような気がします。

映像はいろいろあり、すでにおなじみのものもあります。一番意外だったのが最後の歌っている映像でした。ある意味で意表をつかれたというか。そして、最後のメッセージ。スタッフの方たちの気持ちが伝わって来ました。素晴らしかったです。

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□◆□…優嵐歳時記(2810)…□◆□

  冬尽きぬ身を切る明るさの中に   優嵐

節分の昨日は大変寒い朝でした。それでも冬は終わりだというのを、日の光の明るさが教えてくれます。今日からは春、気分を切り替えていきます。右腕の調子は気にしないようにしたら、かなり普通に戻っている感じです。もっとも、もう完全に回復する時期なのかもしれません。

右腕をいためて不便でしたが、絵の描き方を変えるきっかけになったのはよかったと思います。以前の調子で描いていたら、遅かれ早かれ腕をいためたと思います。腕や指を酷使するものではない、と教えてもらえました。

起きてしまったことは変えられませんが、それに対する自分の見方を変えることによってそこから先が変わってきます。以前の自分なら不平を言って腕の調子の悪さを愚痴ったと思いますが、今の時期だからそういうこともしなくなりました。何かあったら、それが何であれ「アリガタイ」と思え、と何かで読みました。全くそのとおりです。

IMG_2697<絵を描く楽しみ>
絵を描いて一番楽しいのは
その中に入り込んで描いているとき
それが楽しみのほとんどを占める

結果ではなく
その中にいるときが楽しい


□◆□…優嵐歳時記(2809)…□◆□  

  夕映えの長さを思う春隣   優嵐

節分です。暦の上での冬は今日で終わります。昨日は冷え込みました。朝はうっすらと雪が積もっていました。日中の最高気温も3℃ほどと低く、お昼過ぎまで強い風が吹きました。最も暑い中で秋になり、最も寒い中で春になります。気温だけなら疑問ですが、光を見ていれば季節の変化は確実です。

二月に入ってから、『優嵐スケッチブック』の絵を毎日二枚ずつアップするようにしています。今は、描く絵のサイズがSM(227×158mm)前後と小さいので負担なく描けます。水彩紙をいろいろ試して慣れること、千枚継続描画を達成することが今の目標ですから、できるだけたくさんいろいろな紙に描きたいと思っています。

これまで、コットマン、ワトソン、ストラスモア、アルビレオ、クレスター、ニューブレダン、デネブ、ラングトン、ワーグマンに描きました。昨日さらにホワイトワトソン、モンバルキャンソン、ミューズケナフ、ハーネミューレ・ブリタニアを購入し、試してみようと思っています。しかし、アルシュは桁外れに高価です。主要な水彩紙の中でこれだけはまだ手を出していません。SMをひととおり描き比べたら、もう少し大きなサイズに描き始めるつもりです。

IMG_2694<千枚>
なぜ千枚描く必要があるのか
自分の絵を発見するため
自分の個性の手がかりを見つけるため

自分らしくという言葉をよくきく
では「自分らしさ」とは何か
自分自身でこれが私だと思っていることは
単なる思い込みに過ぎない

「自分らしさ」は鉱脈である
簡単に地表に出てはいない
掘り進んでいってそこに到達しなければ

□◆□…優嵐歳時記(2808)…□◆□

  探梅や今朝ほころびぬ梅の花   優嵐

「探梅」とは、まだ冬のうちに早咲きの梅を野山に探すことです。もともと漢詩からきた言葉で、中国では「観梅」は庭園や梅林の梅を見ることで、「探梅」は雪深い山に梅を探して歩くことだったようです。「探梅」を冬の季語としたのは芭蕉です。梅は中国から渡来した花ですから日本には野生のものはありません。そこで、「探梅」を季節で冬のものとしたのかもしれません。

増位山梅林の紅梅が一輪だけもう一週間以上前から咲いています。この花を見つけてからほぼ毎日、梅林に来た日はその木のそばへ行って他の蕾の開き具合を確かめています。これも一種の「探梅」としましょう。毎日見ていると、ほんの少しずつ少しずつ蕾が膨らみやわらかくほぐれていくさまがわかります。こっちも笑顔になってしまいますね。

IMG_2691<幸せ>
お金が儲かったら幸せ
誰かに感謝されたら幸せ
何かをゲットしたら幸せ

確かにそうかもしれない
けれど
幸せということが
利害損得と関係しないものだとしたら

梅の開花を見つけた瞬間の喜び
それが幸せに最も近いもの

□◆□…優嵐歳時記(2807)…□◆□

  強霜に差す陽確かな明るさに  優嵐

二月になりました。二月は寒さが厳しいながらも光が明るく、梅が咲き始めるなど心浮き立つものを感じさせる季節です。放射冷却の朝は真っ白に霜が降りていますが、まわりの景色は春めいてきたことがわかります。今年はうるう年で29日があるんですね。

右腕に関して、違和感を覚えるときがあってもあまり気にせず通常の動作はしていこうと思うようになりました。ケガをした初期は安静が必要ですが、もう一ヶ月以上になるので、あまり大事にしすぎても逆によくないのではないか、と思っています。最近は腕そのものよりも右肩(肩甲骨の周囲)のコリの方が気になります。

多分右腕をかばって無意識のうちにこわばっているのでしょう。ほとんど肩凝りというものを経験したことがないので、こういう不快な症状は初めてです。肩凝りは単に肩凝りでおさまらず、頭痛や腰痛にもつながるといいます。人間の身体はつながっています。それは今回の腕のことで痛感しました。

IMG_2647<つながり>
西洋医学は
人間の心身をばらばらの部品の集合体ととらえた
それぞれのパーツごとに専門家がいて
それぞればらばらなアドバイスをする

東洋医学は
人間の心身をひとつながりのものととらえる
ツボや経絡の考え方はその典型

分解と還元が威力を発揮した時代があったけれど
それだけでは有機体の働きはわからない
なぜか説明できないけれどつながっている

そういうことは
この世界にいっぱいあるのじゃないか

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