優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2018年10月

秋の夜
Tim Ho Wanで夕食を済ませたあと、近所の『珈琲茶館 集』でコーヒーとケーキを楽しみました。出かけたときはそこの美味しいものを食べるのも楽しみのひとつです。最近はスターバックスのようなカフェ形式の店が増え、昔ながらの喫茶店は減っています。カフェはカフェなりの良さがありますが、こういう店には独特の落ち着きがあっていいです。IMG_0063

澄む秋
今日は二十四節季の寒露です。秋分のあとの15日、もろもろのものに寒冷の気が濃くなるとともに透明度が増し、「秋澄む」感じが深まってくる、と『カラー版新日本大歳時記・秋』に書かれています。

空気がよく澄んで、増位山の頂から大鳴門橋が見えました。以前のものだと撮影が難しかったのですが、新しいコンデジなら、なんとか橋の姿がわかる程度に撮影できました。山ではまだツクツクボウシの声が聞こえていました。気温は高めです。
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秋の夕
東京での夕食は、日比谷にある手作り点心専門店『添好運(Tim Ho Wan)』に行きました。本店は香港で、世界一安いミシュランひとつ星、というのがキャッチフレーズです。店についたときはかなりの人が並んでいました。すでに先に仲間が並んでくれていましたが、それでも30分くらいは並んだでしょうか。640x640_rect_93732099
並んでいる間にメニューを見てだいたいのオーダーを決めておき、席につくと素早くそれを頼んで持ってきてもらう仕組みになっています。
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7、8の料理を頼んだうち、最も印象に残っているのは「海老と黄ニラのチョンファン」です。薄く延ばした米粉生地で巻いた春巻のような一品です。テーブルに持ってきた皿の上からたっぷりとタレをかけてくれます。この演出も面白く、やわらかくつるりとした食感でいくらでも食べられてしまいそうでした。ベイクドチャーシューパオ、大根餅もおいしくいただきました。
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きんもくせい
私が住んでいるあたりでは、体育の日とあわせて三連休になる土日に秋祭をおこなうところが多いです。この週末は台風25号の進路いかんでは暴風雨に見舞われて、お祭の開催が危ぶまれていましたが、土日とも比較的よいお天気に恵まれました。

一日中どこかで祭太鼓の音がしており、半被を着た人達の姿も見ます。お祭に力が入っている地域では成人の男がかく屋台が主役です。しかし、私が住んでいるあたりでは子ども会が中心となった可愛い屋台が地域内を廻っています。IMG_0074

秋陽
靖国神社へ参拝した後、国会議事堂の見学に行きました。ここに入るのは初めてです。バスが近づいて、高さ65mほどある議事堂の建物が低く見えてきました。東京は坂が多く、この坂を下って行くと、見上げる位置に来ます。

国会議事堂は鉄筋コンクリート地上3階地下1階、一部4階で、中央塔の下には舞踏場があるそうです。鹿鳴館みたいなのを想定していたのでしょうか。大正9年(1920)1月から昭和11年(1936)11月まで17年の歳月をかけて建設されています。IMG_0060
最初は地下のホールに案内されました。ここは関東一円から見学にやってくる小中学生のためのものなのだとか。この日も中学生らしい一団といっしょになりました。

見学コースに入る前にセキュリティチェックがあり、空港の金属探知ゲートのようなところを通りました。私たちが見学したのは衆議院でした。内部は専門のガイドの方がいて、説明しながら案内してくれます。内部の立派なのに驚きました。

特に一番驚いたのは御休所です。ここは天皇陛下のためだけの部屋で、皇后、皇太子といえども入れません。皇族用の部屋は別にあります。見学者はガラス越しに中を眺められます。総檜造り本漆塗り、当時の工芸の粋をつくした部屋で、絨毯はここに敷くものを織るための機械を特別に作ったそうです。IMG_0058
議事堂はすべて日本製のものを使うことを目標にしていたそうですが、三つだけどうしても当時の日本では作れなかったものがありました。それが.好謄鵐疋哀薀后淵ぅリス製)⇒絞悒轡紂璽函淵▲瓮螢製)千以上の部屋の合鍵(アメリカ製)でした。

衆議院議場の傍聴席に入ることもできました。国会中継などで見慣れた場所が目の前にあります。議事堂の玄関は普段は閉められており、開会式で天皇陛下をお迎えするとき、選挙後に議員が最初に党院するとき、外国元首が訪問されるときなどのみ開かれます。IMG_0057
中央玄関を入ったところの中央広間は中央塔の真下にあたり、四階吹抜きです。伊藤博文、板垣退助、大隈重信の銅像が三方に立っています。

台風
台風25号は朝鮮半島に上陸した後、日本海に出て、いまは津軽海峡に向かって東に進んでいます。進路が北へずれたため、ほとんど雨は降りませんでした。午後から快晴になりましたが、風が強く、台風が連れて来た南の大気の影響で気温があがっています。

新潟県の三条市では36℃を記録し、10月の国内最高気温を更新しました。姫路でも日中は30℃近くまであがり、今も27℃ほどあります。扇風機を片付けて秋も後半の装いだったのに、この高温に真夏の服装に逆戻りです。IMG_0067

身に入む
身に入む(みにしむ)とは、痛いほど骨身に透って感じられる、というのが本来の意味です。転じて、しみじみと感じられる「あわれ」となり、秋の「あわれ」と人の世の「あわれ」を重ねあわせ、寂寥感がしみじみと感じられるという意味として定着しました。IMG_0049
靖国神社遊就館1階には89式15cm加農砲と96式15cm榴弾砲も展示されています。89式は昭和4年(1929)に制式化された火砲で開脚式装輪砲架を持ち、移動には砲身、砲架をそれぞれ8トン牽引車で運搬しました。展示されている砲は沖縄戦で独立砲兵第百大隊が使用したものです。砲身には弾痕が生々しく残っています。戦後、沖縄の洞窟陣地から発掘されました。日本に現存する唯一の89式砲です。IMG_0051
96式砲は野戦重砲兵第一連隊第四中隊に所属し、6トン牽引車による迅速な移動で機械化砲兵と呼ばれました。ノモンハン事件でソ連砲兵と戦い、東満州で国境警備にあたった後、フィリピンに転戦。昭和19年(1944)沖縄に向かい、昭和20年6月23日、全弾を打ちつくし中隊は玉砕しました。

秋日影
靖国神社では参拝の後、境内にある遊就館へ行きました。ここは戦争関連の遺品を収蔵、展示する施設です。時間がそれほどなかったので、無料で入れる一階だけを見ました。入口のすぐ左手に零戦が展示されています。IMG_0046
正式名称を三菱零式艦上戦闘機といい、昭和15年(1940)に制式採用され、中国重慶での中国軍との戦闘が初陣でした。敵のソ連製戦闘機の大半を撃墜し、味方には全く損害なしという戦果をあげ、格闘性能と航続力で世界最強と言われました。IMG_0047
戦闘での消耗に加え、戦争末期には特攻作戦に使用されたため、現存する機体は少ないようです。零戦は21型、52型、54型があり、遊就館に展示されているものは52型です。ラバウル・ミクロネシア・ヤップ島などで発見された5機を解体復元したもので、レプリカではなく実際の戦闘に使われていたものです。IMG_0048

秋風
台風25号が日本海に入り、明日は接近するようです。まだ静かで雨も降っていません。増位山に散歩に行き、アサギマダラに会いました。長距離の渡りをする蝶で、いまは日本列島の本土から南西諸島や台湾へ越冬のために渡っているところでしょう。

一日に200km移動した個体の記録があります。しかし、飛び方を見ていると頼りなげでふわふわとしており、とてもそんな素早い移動をするようには見えません。大型の蝶で人間を余り恐れません。和名の「浅葱」とはごく薄い藍色のことです。翅の白く見えるところは実は薄い水色で、これが名前の由来になっています。
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はとバスのツアーを利用して、靖国神社と国会議事堂へ行きました。東京へ来て、隙間の時間があるとき、手軽に観光地を廻れるのがはとバスです。靖国神社ではドラマか映画の撮影をやっていました。特攻隊のお話のようで、飛行服をまとった俳優さんたちが数人演技中でした。
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