優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

2018年12月

大晦日
昨日からGoogleフォトスキャンでアナログ写真をデジタルに変換しています。いつごろからデジタル画像になったかといえば、私の場合は2002年の半ばからでした。

アナログ写真は、そのとき整理していなければ、いつの何の写真なのか手がかりがなくなってしまうと気づきました。旅行などで撮影したものはそのくくりでまとめています。しかし、単なるスナップなどは「???」です。子どものころはアルバムにきちんと貼ったりしていたのですが。

デジタル化した日のデータを元々の写真が撮影された日に変換しなければ、デジタルアルバムとして整理できません。不明なものは適当に年単位でくくってまとめるしかありません。30年ほど前の写真がこのようになりました。1546151107827-2352afaa-1ced-4b65-ba47-16aef587da52

小晦日
冬至からほぼ一週間が過ぎ、日が暮れるのが少し遅くなったと感じます。三が日が過ぎ、寒の入のころになると、これはいっそうはっきりします。

しまいこんでいたアナログ写真をデジタルに変換して「Googleフォト」に入れ始めました。フォトスキャンというスマホアプリで簡単に変換することができます。

画質にこだわる人はどうかわかりませんが、そこそこまともな写真としてアップできます。何より無料で簡単なところが魅力です。お正月はデジタル変換で写真整理をしようと思います。IMG_0690


小晦日(こつごもり)です。今年もあと一日余りです。昨日は寒い日で、朝は真っ白に霜がおりていました。日中も風が強く、北を見ると、いつもそこにある山の姿が見えませんでした。

兵庫県の北部は雪が降り続いているようでした。毎年クリスマスか年末年始のころに寒波が来ます。週末なので、帰省ラッシュは始まっているはずです。交通機関への影響が少なく済めばいいのですが。IMG_0701


年暮るる
今年もあと二日余りになりました。2018年の年頭に詠んだ俳句を見て、あれからもう一年か、と感慨深いです。年々時間の飛び行く速さが増しているというか…。

人生はジェットコースターみたいです。最初はじりじりゆっくりと登って行きます。これが子どものころの時間の過ぎ方です。それが、ある地点を過ぎたらとたんに変わって、あとは加速度がつくばかり。来年はもっと早く過ぎ去るんでしょうね。IMG_0696

数え日
「数え日」とは、十二月の末、あと今年も指で数えられるほどの日数になったころを示す季語です。あわただしさと過ぎ行く年への感慨がにじみます。

登山アプリのGeographicaに慣れるべく、近所の山で今まで歩いたことのないコースをたどってみました。増位山の有明の峰から南西に下ります。最後の高圧線鉄塔から落葉が積もった道を下っていくと、墓地に出ました。西日が墓石を照らしていました。IMG_0697

裸木
落葉樹が葉を落としてしまい、森では木々の枝が空に透けるようになっています。そんな中、頭上で特徴的な音がしました。コゲラです。コゲラは小型のキツツキで、増位山の森でもよく見かけます。鳴き声ではなく、枝をつつく規則的な音でそこにいるとわかります。IMG_0661

裏白
年末の増位山では必ずどこかで裏白を採りに来ている人を見かけます。正月飾りには欠かせません。クリスマスまでのスーパーは飾りつけもBGMもクリスマス一色だったのが、25日を境にがらりと変わり、お正月を迎える雰囲気になります。この変わりようの見事さにいつも感心します。IMG_0692


門松立つ
登山アプリのGeographicaに慣れるために、身近な増位山で試してみました。西尾根登山口から登り、地図上に破線で示されている随願寺交差点そばの墓地まで下りてくる道をたどろうと考えました。

西尾根登山口は大年社から始まります。社の前にはすでに立派な門松が立てられていました。神社の裏手からすぐに山道となり、岩がちの尾根を登っていけば高圧線の鉄塔の下に行きつきます。
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忘年会
宝塚駅から姫路まで戻り、忘年会をしました。駅の北(姫路城がある方向)すぐ近くにある「播磨灘直送鮮魚 HANARE 〜はなれ〜 姫路駅前店」へ行きました。八月にオープンしたばかりの新しい店です。

播磨灘桶盛り刺身、鮮魚五点盛り、穴子の白焼き、牛ハラミの網焼き、温玉シーザーサラダ、ホルモン焼うどんなどをいただきました。最後はフォンダンショコラで〆。魚中心ながら、肉やサラダ、デザートも充実していて美味しかったです。cbz0t-x1c1v
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@播磨灘直送鮮魚 HANARE 〜はなれ〜 姫路駅前店

室の花
塩尾寺からは舗装路を宝塚の市街地に向かってどんどん下って行きました。舗装路に入るとたびたびマンホールの蓋を見るようになりました。各自治体ではそれぞれの地域の名物、シンボルをマンホールの蓋のデザインにしています。宝塚市のマンホールの蓋にはすみれの花があしらわれていました。さすがは宝塚歌劇発祥の地。「すみれの花咲くころ」です。IMG_0678
いつの間にか六甲全山縦走路からはずれていました。甲子園大学のあたりで外れたようです。ここまでくれば市街地をくだって駅を目指すだけですから、もうどこを通っても同じことです。山の手の住宅街の一角に温室の中でコチョウラン、フリージア、シクラメンなどを咲かせておられる家がありましたIMG_0679
さらに下っていくと、門扉に鉄腕アトムの札がかけられています。いわゆる「子ども110番の家」です。宝塚市は手塚治虫が5歳から24歳まで過ごしたところで、手塚治虫記念館もあります。それにゆかりの札なんだなあ、と思いました。IMG_0681

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