2020年09月
寝転んで天井画を見る秋彼岸
往生院紫式部の実の垂れて
二面石見つめる秋の彼岸入り
橘寺変遷はるか芙蓉咲く
◆芙蓉
橘寺の由来には、日本書紀に次のような記述があります。第11代の垂仁天皇の時、田道間守(たじまもり)が勅命を受けてトコヨの国に不老長寿の薬を求めに行きました。長い歳月をかけてようやく秘薬を持ち帰ったところ、天皇はすでに亡くなっていました。
このとき、彼が持ち帰った実をトキジクノカグノコノミといい、これを当地に蒔いたところ、やがて橘(ミカンの原種)が芽を出しました。以来、この地を橘と呼ぶようになったということです。また、彼は黒砂糖も持ち帰り橘とともに薬として用いました。
この縁から彼は蜜柑、薬、菓子の祖神として崇められるようになりました。菓子屋に橘屋の屋号が多く用いられるのはこの縁だということです。
橘寺の由来には、日本書紀に次のような記述があります。第11代の垂仁天皇の時、田道間守(たじまもり)が勅命を受けてトコヨの国に不老長寿の薬を求めに行きました。長い歳月をかけてようやく秘薬を持ち帰ったところ、天皇はすでに亡くなっていました。
このとき、彼が持ち帰った実をトキジクノカグノコノミといい、これを当地に蒔いたところ、やがて橘(ミカンの原種)が芽を出しました。以来、この地を橘と呼ぶようになったということです。また、彼は黒砂糖も持ち帰り橘とともに薬として用いました。
この縁から彼は蜜柑、薬、菓子の祖神として崇められるようになりました。菓子屋に橘屋の屋号が多く用いられるのはこの縁だということです。