2026年01月
寒の陽を明るく浴びぬ鬼瓦
大寒やすでに光は明るくて
夜半の冬固定電話を廃止する
紅白の実南天揃う玄関
真昼の散歩蝋梅の咲く道を
船溜まりに寒の日差しの明るさよ
明石鯛象る最中冬深し
寒の内分大餅を買い求む
◆寒の内
「藤江屋分大」は文政元年(1818)創業の和洋菓子の老舗です。初代の寅吉考案の分大餅は江戸の大福餅をもとにこしあんを入れた赤・白・青の三色の餅で、9月下旬から3月中旬までの期間限定販売です。
義太夫浄瑠璃を嗜んでいた寅吉が文太夫と名乗っていたことから分大餅と名付けられました。日持ちが当日中と短く、ひとつ食べてみたいと買って帰りました。店の奥の待合場所に独特の土壁があり老舗らしさを感じました。
お餅は柔らかくてのびがあり、上品な甘味でした。姫路もそうですが、城下町には茶の湯の伝統があり、和菓子の銘菓が必ずあります。

「藤江屋分大」は文政元年(1818)創業の和洋菓子の老舗です。初代の寅吉考案の分大餅は江戸の大福餅をもとにこしあんを入れた赤・白・青の三色の餅で、9月下旬から3月中旬までの期間限定販売です。
義太夫浄瑠璃を嗜んでいた寅吉が文太夫と名乗っていたことから分大餅と名付けられました。日持ちが当日中と短く、ひとつ食べてみたいと買って帰りました。店の奥の待合場所に独特の土壁があり老舗らしさを感じました。
お餅は柔らかくてのびがあり、上品な甘味でした。姫路もそうですが、城下町には茶の湯の伝統があり、和菓子の銘菓が必ずあります。

天和二年創業こうじやの寒
◆寒
魚の棚のすぐ近くに「こうじや京作」があります。天和二年(1682)明石藩主・松平直明が越前大野から六万石で入封した際、御用商人として明石に来て創業。以来、伝統の製法で350年近く「米糀」を作っています。
江戸時代は名字帯刀を許され、廃藩置県の際には代々御用商人であった証として明石城の石灯籠、手水鉢が払い下げられました。現在も米糀、あまざけ、甘口味噌などの製造販売を続けています。

魚の棚のすぐ近くに「こうじや京作」があります。天和二年(1682)明石藩主・松平直明が越前大野から六万石で入封した際、御用商人として明石に来て創業。以来、伝統の製法で350年近く「米糀」を作っています。
江戸時代は名字帯刀を許され、廃藩置県の際には代々御用商人であった証として明石城の石灯籠、手水鉢が払い下げられました。現在も米糀、あまざけ、甘口味噌などの製造販売を続けています。









