夏至
第二次世界大戦末期の1945年6月22日、姫路市は最初の空襲に見舞われました。午前9時50分ごろ、米軍の爆撃機B-29約60機が飛来し、現在のJR播但線京口駅東北側にあった川西航空機姫路製作所を約1時間に渡って爆撃しました。

川西航空機は紫電改など海軍用の航空機を製造していました。製作所の建物は全壊し、死者341名、行方不明者10名、重軽傷者350名、被災者10,220名という大きな被害が出ました。

跡地は戦後も長らく空地のままでした。京口駅前ロータリーには「空爆の碑」があり、当時の惨状を記しています。姫路城を含む姫路市街中心部が空襲を受けたのは、この後の二度目の空襲で、7月3日深夜から4日未明にかけてのことでした。

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