◆緑陰
法華山一乗寺の縁起によれば、寺は白雉元年(650)法道仙人によって開かれ、孝徳天皇の勅願による官刹でした。仙人はインドより紫雲に乗ってやってきて、谷は蓮華の如く峰は八葉に分かれた当山に降りて、山を法華山と名づけました。
仙人は観音菩薩像と鉄鉢と仏舎利のみを持ち、飛鉢の術で供養を乞いました。あるとき播磨灘をゆく船に鉢が飛んできましたが、大宰府の船師の藤井麻呂は「この船荷は正税である」と供養を拒みました。
すると船中の米俵はひとつ残らず法華山に向かって飛んで行ってしまいました。慌てた船師が仙人を尋ねて悔謝し憐れみを乞うと、仙人は一鉢の米を残して皆船に返しました。このエピソード、『信貴山縁起絵巻』の命蓮上人の話と似ています。

法華山一乗寺の縁起によれば、寺は白雉元年(650)法道仙人によって開かれ、孝徳天皇の勅願による官刹でした。仙人はインドより紫雲に乗ってやってきて、谷は蓮華の如く峰は八葉に分かれた当山に降りて、山を法華山と名づけました。
仙人は観音菩薩像と鉄鉢と仏舎利のみを持ち、飛鉢の術で供養を乞いました。あるとき播磨灘をゆく船に鉢が飛んできましたが、大宰府の船師の藤井麻呂は「この船荷は正税である」と供養を拒みました。
すると船中の米俵はひとつ残らず法華山に向かって飛んで行ってしまいました。慌てた船師が仙人を尋ねて悔謝し憐れみを乞うと、仙人は一鉢の米を残して皆船に返しました。このエピソード、『信貴山縁起絵巻』の命蓮上人の話と似ています。


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