薫風
門司港は明治から昭和初期にかけては「日本を代表する国際貿易港」のひとつでした。しかしその後神戸や横浜のようにならなかったのは、基本的には石炭積み出し港であり、1960年代に石炭から石油へとエネルギーの主役が移ったことが最大の原因です。

またかつては船は現在のように大型化、コンテナ化しておらず航続距離が短かったために、関門海峡の途中で立ち寄る港というのは立地条件として有利でした。それが逆転し海峡の途中港の役割が物流の中で低下していきました。

ただ、それゆえに神戸や横浜と違い、その後に大規模開発されず、明治・大正の繁栄時の時代を凍結した建物が残りました。皮肉にも大都市になりきらなかったことが、現在の観光開発の助けになったとも言えます。
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