優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

タグ:あべのハルカス

二月
西側の石鳥居をくぐって境内に入りました。すぐ左手には四天王寺学園があり、アーティスティックスイミングの比嘉もえ選手の写真入り横断幕が掲げられていました。その前を進んでいくと右手に阿弥陀堂があり、その背後にあべのハルカスがそびえています。

現在の阿弥陀堂は昭和28年(1953)に四天王寺の末寺である三重県の国束寺(くずかじ)の本堂を移築したものです。四天王寺西門は極楽浄土の入口とされ、西方の海に沈む夕陽を拝む聖地となり浄土信仰も集めました。阿弥陀堂がここにあるわけです。

江戸時代以前の大阪はもっと内陸部まで海が入り込み、大阪城の南側は湿地が広がっていました。四天王寺の西門からは鳥居越しに海に沈む夕陽を拝めたでしょう。
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清秋
病室は窓側ではないため部屋の窓からの景色は望めません。しかし、別の場所から眺めてみると、住宅街の彼方にあべのハルカスの姿が見えました。この建物はよく目立ち、関西周辺の山に登るとこれを探したものでした。

このさらに奥に梅田の高層ビル群もかすかに見えます。11階建ての病院の屋上に上れば、明石海峡大橋の主塔も見えるそうです。姫路の増位山頂からもこれを見ることができます。直線距離にすれば同じくらいです。
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冬晴
四条畷神社を後にして、茶屋宿伊勢屋の前を北に曲がりました。やや小高いところにある道で、振り向くとあべのハルカスが遠くに望めました。IMG_0609
道標にそって住宅地の中の道を飯盛山の北麓を回りこむように歩き、権現川ハイキングコースへと入って行きました。住宅地のすぐ裏から谷川に沿って続くコースで、近所の方たちにとっても散歩にいいところのようです。アスファルト道がいつしか地道になり、谷川の流れを見ながら上っていきました。IMG_0610

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