優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

タグ:兵庫県歴史的景観形成地域

秋深し
高砂銀座商店街を抜けると国鉄高砂線高砂駅跡地に出ます。加古川流域の貨物と人の輸送のためすでに設立されていた播州鉄道が、大正3年(1914)さらに延伸され、高砂と加古川を結ぶ路線としてここに高砂駅ができました。

これによって加古川の舟運は終焉を迎えました。昭和18年(1943)6月、国有化され国鉄高砂線になりました。戦後、沿線への企業進出によって活気を呈していましたが、やがてモータリゼーションの進展により貨物・旅客輸送量が減少していきます。

昭和59年(1984)に国鉄高砂線は廃止され、高砂駅跡は車輪のモニュメントを配置した小さな公園になっています。これも時代の流れ、栄枯盛衰、諸行無常です。
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澄む秋
本町通りを渡ってさらに西に進むと高砂銀座商店街というアーケードのある商店街に入ります。〇〇銀座という名前も通りに敷かれているタイルも店構えも、何もかも昭和レトロ感満載です。

マンホールには高砂の松と海が描かれています。今では播磨臨海工業地帯の一画となり海岸沿いにはカネカ、三菱重工、神戸製鋼といった工場が立ち並んでいますが、その昔は白砂青松の美しい海岸線が広がっていたのです。
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秋祭
高砂・姫路など播磨の沿岸部はアナゴの産地です。松宗蔵から西に向きを変えて通りを歩いて行くと焼きアナゴを売っている店に出会いました。下村商店という明治36年(1904)創業の老舗です。秋祭を明日に控え、たくさんの焼きアナゴが並んでいました。
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秋の陽
高砂は加古川を利用した舟運と北前船の寄港地の交易拠点として繁栄しました。大崎家住宅、花井家住宅という明治時代後期の建築が残る通りを行くと、文政6年(1823)に建築された松宗蔵が残っています。

松宗蔵は「松宗」の屋号を持つ海運産物商である田尻家が商品を収蔵する蔵として使っていました。外は白漆喰と板壁、内部は荷物などで傷がつかないように上部まで板が貼られていたといいます。

松宗蔵の背後の堀川は、加古川と繋がっており、堀川沿いに蔵が軒を連ね、ここに舟が入ってきて荷物を揚げ降ろししていたようです。百間蔵や番所の跡も残っています。
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昨日は姫路市の隣の高砂市高砂町へハイキングに行ってきました。山陽電鉄高砂駅の南側に広がるこのあたりは、江戸時代には北前船寄港地、船主集落として栄えました。今も古い町並みが残り、「兵庫県歴史的景観形成地域」「日本遺産」に選定されています。

8日午後から雨になっていましたが、それも朝にはあがり高砂駅を出る頃には陽がさしていました。途中、飾磨駅近くで秋祭りの屋台が運行しているのが見えました。海沿いは播州の中でも特に秋祭りが盛んで、屋台の大きさや練子の装束も一段映えます。

高砂町の氏神である高砂神社の秋祭りは10日、11日です。町の辻には幟とシデ飾りが並び、紙垂をつけた細縄が張られ、細い青竹が立っていました。
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