優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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冬紅葉
別府鉄道跡の「であいのみち」を歩いていくとイロハモミジ、ヤマザクラ、ケヤキなどの紅葉が美しく、これがJR土山駅まで続いてます。大中遺跡とあわせると恰好の散歩コースではないでしょうか。
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冬紅葉
博物館の建物の壁には蔦が這っており、赤く色づいてきれいでした。そこを通り抜けると大中遺跡公園に出ます。考古博物館の中を見学するのは後にして大中遺跡の復元された住居群を順番に見ていくことにしました。
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冬紅葉
山を降りてからの昼食は「三感hoso」でいただきました。旬の食材を使った薬膳料理が看板メニューの店です。個室になっていて、ゆっくり食事を楽しむことができました。レンコン饅頭など珍しいメニューもあり、どれも美味しかったです。
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冬紅葉
篠ノ丸城址から東の方角に下山しました。枝を伸ばした紅葉のトンネルをくぐるように降りていきます。お昼を麓で食べる予約をしており、その時間が迫っていたので急ぎました。
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冬紅葉
喫茶コーナーのあった広場からさらにゆるやかな斜面を登っていくと篠ノ丸城址に着きます。『赤松家播備作城記』によれば、南北朝期に赤松貞則の長男顕則が初めてここに城を築きました。

その後、赤松一族の西播磨守護代宇野氏は山崎町中心部に居館を置き、背後の山上に篠ノ丸城を築きました。天正8年(1580)の羽柴秀吉の播磨攻めの際に長水城とともに落城しました。黒田家の正史『黒田家譜』に、宇野氏滅亡後に官兵衛が山崎の城に居城したと記されており、これが篠ノ丸城ではないかとする説があります。

確実な史料として官兵衛が宍粟を領有するのは天正12年(1584)7月で、同15年(1587)7月に豊前に移封となるまで宍粟を治めました。平素は多忙な官兵衛に代わり代官が居城していたものと考えられています。
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冬紅葉
遊歩道を登っていくと地元の方々が喫茶コーナーを設けて暖かい飲み物を出しておられました。そこを過ぎるとベンチがあり、下を見渡せる場所があります。そこでティータイムをとりました。
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冬紅葉
日曜日にハイキング仲間と宍粟市の最上山公園もみじ山へ行ってきました。イロハモミジ、ヤマモミジ、トウカエデ、モミジバフウ、サトウカエデが最上山の西側裾野部分に植えられています。遊歩道をゆっくり歩きながら両側の紅葉を楽しめます。

午後からお天気は下り坂との予報でしたが、午前中は日差しものぞくうすぐもりで紅葉狩りにはいいコンディションでした。仲間の家が歩いて20分ほどの場所にあります。そこまで他のメンバーと乗り合わせた車で行き、もみじ山までは歩きました。
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冬紅葉
冬に入って10日が過ぎ、周囲は紅葉の最盛期です。「紅葉」は秋の季語ですが、姫路周辺では初冬のころが最も華やかです。間もなく凩が来て散っていくその直前の美しさ。なぜこれほどまでに美しい必要があるのだろうか、と思います。

花が美しいのは生殖のため、虫をひきつけるためです。しかし、紅葉にはそうした目的がありません。葉が役割を終えて散っていく前にこの美しい色が発現します。そしてその美しさを愛でることができるのは、人間だけでしょう。人間が登場する以前から紅葉はあったはずですが…。
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冬紅葉
奉納公演が終わったころには冬の早い日はすっかり暮れて夜になっていました。境内の紅葉があちこちでライトアップされています。それらの楽しみつつ歩きました。山の上の夜間の冷え込みは強く、ダウンジャケットを持ってきていて良かったと思いました。
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冬紅葉
摩尼殿からはすぐ下の参道やはづき茶屋を見下ろすことができます。イロハモミジの紅葉、イチョウの黄葉が左右に美しく、この光景はここならではです。本尊の六臂如意輪観世音菩薩は秘仏で年に一度、1月18日の鬼追いの日にだけ開扉されます。
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