優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

タグ:大手前通り

極月
昨夜は暖かく風もなく、上着を脱いで歩いてもいいくらいでした。姫路は住みやすいところだとこういうときに思います。北国ではすでに厳しい寒さや雪に見舞われているところも多いですが、姫路ならこの時期でものんびりと歩けます。

忘年会シーズンで大手前通りは大勢の人が行きかっていました。大人数のグループが目立ったのも忘年会に向かう人たちゆえでしょう。コロナもひところのような恐ろしいものではなくなりつつあり、街は平穏な年末を取り戻しています。
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冬満月
27日は満月でした。この冬になって最初の満月です。この日は朝から曇っていてもしかしたら雨になるのではと傘を持ってきていました。しかし、夜に入ってから雲が晴れ、満月とイルミネーションを楽しみつつお城まで歩きました。
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暮早し
姫路の中心部に出てくることは滅多にありません。山陽百貨店に創立70周年との垂幕がかかっており、そんなになるのか、と驚きました。百貨店の双璧だったヤマトヤシキは閉店してしまいました。

子どもの頃、姫路の町の中心部へ連れて行ってもらうのはどきどきする経験でした。あのわくわく感はもはや経験できない遠いことです。自分が幼い子どもだったからこそ経験できた感覚なのです。
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師走
姫路駅から姫路城までは大手前通りを歩いて行きました。全長840mなので、歩くにはほどよい距離です。姫路城の景観に配慮して無電柱化されています。イチョウとクスノキの並木が続き、それらもすべてイルミネーションで飾られています。
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昨夜は姫路城三の丸広場でおこなわれている「鏡花水月」へ行ってきました。お城へ通じる大手前通りにもイルミネーションが施され、師走が近いと感じました。まだそれほど寒くはなく、薄手のダウンジャケットだけで十分でした。

姫路駅の前には撮影スポットがいくつかあり、外国人観光客も撮影しています。姫路はまだオーバーツーリズムというほどの観光客数ではありません。
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春惜しむ
急用があり姫路駅まで行ってきました。GWでさすがに観光客が多く、大きなスーツケースを転がして歩いている人の姿をあちこちで見ました。駅の展望デッキ「キャッスルビュー」から北を望むとまっすぐに伸びる大手前通りとその向こうに聳える姫路城が見えます。

平屋や二階建ての家しか無かった江戸時代、姫路城は今よりずっと遠くから見えたはずです。その存在感は現代人が感じる数倍大きかったのではと想像します。
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銀杏落葉
大手前通りには「彫刻のあるまちづくり」として両側歩道に18体の彫刻が設置されています。かつては放置自転車が目立った場所でしたが、姫路城の平成の大修理、その後の駅周辺の整備事業が進んだ結果随分様相が変わっています。

歩道の道幅は広く、クスノキとイチョウの並木が続き、木製ベンチが各所に置かれ、歩くことを楽しむと同時に公園で寛ぐような雰囲気も味わえるようになっています。
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銀杏落葉
JR姫路駅の中央口を北に出れば目の前に姫路城が見えます。駅からまっすぐに城まで伸びている幅の広い道路が大手前通りです。昭和20年(1945)6月22日と7月3日の二度に渡って姫路は空襲を受けました。

7月3日の空襲では中心市街地に焼夷弾が降り注ぎました。姫路城もこのとき天守に焼夷弾を受けましたが、不発弾であったため焼失を免れています。名古屋城や広島城など戦災で焼失してしまった城が多いなか、よくぞ残ってくれたものと思います。
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秋高し
JR姫路駅を北側に出ると、真っ直ぐ姫路城が見えます。この道路が大手前通りです。お城までは840m、幅員50mで、日本の道100選に選ばれています。姫路は昭和20年6月22日と7月3日に空襲を受け、市街地の大半が焼失しました。この道路は戦後、十分な幅のある道路をとの都市計画に基づいて作られたものです。
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