優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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姫路城迎賓館の前を抜けると入城口です。観光客が大勢チケットを買っています。3割がたは異なる人種の人で、東アジアの人も考え合わせると半数以上が外国人観光客と思われました。誰もが大天守を仰いで記念撮影をしています。
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千姫ぼたん園から西の丸に向かって歩いて行きました。桜と城の建物、石垣、漆喰の白壁、そこに穿たれた狭間、屋根瓦…。姫路城は徳川家康の娘婿である池田輝政が西国大名への備えとして大改築して作り上げた城です。

それゆえ、戦を想定していました。「白漆喰総塗籠造り」は現代で言えばコンクリート打ちっぱなしの倉庫みたいな作りです。戦で燃えないことを考えてこの造りにしたと言われています。無粋な造りが今では類まれな美しさの元になっています。

第二次世界大戦末期、姫路は2度空襲を受け市街地は焼け野原になりました。城が燃えなかったのは運よく焼夷弾の直撃を免れたことと、この燃えにくい造りが幸いしたと言われています。
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花影
千姫ぼたん園の周辺のベンチでもお弁当を食べている人たちがいました。満開のソメイヨシノがほどよく日差しを遮り、はらはらと舞い散る花びらもあり、極楽です。

お花見は奈良時代に貴族の間で始まりました。最初は梅の花でしたが、平安時代に入り桜の花に変って行きました。桜での花見の宴の起源は、嵯峨天皇(786-842)が催した「花宴の節」であると『日本後紀』に記されています。
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枝垂椿
千姫ぼたん園にはしだれ椿も咲いていました。しだれ梅、しだれ桜というのは知っていましたが、椿にまでそういう品種があったとは知りませんでした。園芸家の品種改良の結果でしょう。木に咲く花のほとんどにシダレがあるのかもしれません。
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ぼたん
姫路城三の丸の高台に千姫ぼたん園(無料)があります。千姫の義父である本多忠政の居館跡です。牡丹は初夏の季語ですが、すでに早咲きの牡丹が咲いていました。桜の花びらが舞う中での牡丹はさらに豪奢です。
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姫路城の内濠を和船で巡ることができます。これはコロナ前くらいから始まった比較的新しいものだと思います。いいお天気で花も満開で、水の上からのお花見はまた格別でしょう。観光客のみなさんはそろいの笠をかぶり船から手を振っています。
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姫路城で入場料が必要なのは天守閣に登るときだけで、敷地の大半は無料で散策できます。適度にベンチもあり、内濠を見下ろす場所に座って早目のお弁当にしました。筍おこわと春の五目おこわが入ったお弁当は美味しかったです。
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姫路城へお花見に行ってきました。昨日はいいお天気で風はほとんどなくお花見には絶好の日和でした。山陽百貨店の地下でお弁当を買い、正面にお城を見ながら大手前通りを歩いて行きました。

平日の午前中だったので、まだそれほどの人出ではなく、大手門にかかる橋を渡って三の丸広場ごしに花の大天守を見上げました。いつ来ても何度来ても素晴らしい城です。
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春寒
いっとき暖かい日がありましたが、昨日あたりからまた冷え込んでいます。真冬のような寒さではありませんが、少し暖かくなってまたぶり返す寒さにはまた違う寒さを感じます。お天気はまた下り坂で明日は雨の予報です。
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極月
昨夜は暖かく風もなく、上着を脱いで歩いてもいいくらいでした。姫路は住みやすいところだとこういうときに思います。北国ではすでに厳しい寒さや雪に見舞われているところも多いですが、姫路ならこの時期でものんびりと歩けます。

忘年会シーズンで大手前通りは大勢の人が行きかっていました。大人数のグループが目立ったのも忘年会に向かう人たちゆえでしょう。コロナもひところのような恐ろしいものではなくなりつつあり、街は平穏な年末を取り戻しています。
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