優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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海峡展望台からは神戸淡路鳴門自動車道の下り淡路SAにある大観覧車が見えました。以前乗ったことがあります。淡路SAは明石海峡大橋の絶景スポットのひとつです。淡路島に渡ってきた人の多くはここで一休みし大橋を眺めるのです。
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岩屋の集落は県道31号に挟まれた中にあり、下の県道から上の県道まで、集落の中の道には「津波避難経路」との表示が道路表面にありました。淡路島の東海岸にあたるこの辺りは、南海トラフ大地震が起きれば津波が到達します。

そのとき、この表示に従って高台へ逃げよ、ということでしょう。先日の能登半島地震でもあらためて津波の恐ろしさを目の当たりにしました。海岸近くにいて大きな揺れを感じたら、何を捨てても高いところに向かって逃げることが大事です。
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兵庫県南部の冬は晴天が続きます。能登半島地震の様子を見ていて、1995年の阪神淡路大震災のことを思い出しました。淡路島北部が震源地でしたが、津波は起きませんでした。

交通網は寸断されたものの、鉄道にも道路にも迂回路がありました。同じ1月ながら、積雪がなかったため救援をはばむ気象条件は少なかったように記憶しています。

まだ明石海峡大橋はかかっておらず、基礎ができたところで震災により全長が1m延びました。あの震災の記憶が東日本大震災の救援へと活かされました。今回もきっとそれが活かされ次の減災へつながっていくと思います。
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明石海峡は播磨灘と大阪湾を分ける場所で、毎日800前後の船が行き交う海上交通の要衝です。今しも大阪湾へと入っていく船が目の前を航行していきました。

明石海峡は海上保安庁第五管区海上保安本部の担当海域になっています。神戸市に本部があり、兵庫県南部、大阪府、和歌山県、徳島県、高知県の前面海域と和歌山県、高知県の南方海域1,250kmを担当しています。

明石海峡大橋の上もまた本四架橋の一本として陸上交通の要衝です。海峡を次々航行してゆく船と大橋の上をゆく車の群れが交差する様子が眺められました。
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昭和6年(1931)、直良信夫が西八木海岸の更新世の地層から明石原人の右腰骨化石を発見しました。現物は東京大空襲で焼失してしまい、石膏模型が後に再発見されたものの、現在に至るまでどの進化段階の骨なのか結論は出ていません。

直良が明石原人の化石を発見したのは4月18日、晩春の明石の海辺は散歩するのにもってこいだったと思われます。
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ブランドものを買い漁っていては節約とは無縁になります。アウトドア系の趣味の物品をたくさん買うのは、ブランドものに耽溺するのに似ていると気づきました。

企業側の売る戦略はうまいです。アウトドア系の物品を売る企業は、自然、本格的、機能的といった文章とともにそれらしい映像をからめたマーケティングを行ってきます。

ものが溢れている現在では企業側は「気分」を売ります。必要ではないものを必要だと錯覚させる必要があるのです。それに気づいてやめました。本当に必要なものは確かにあります。けれどそれは欲しいと思うものの半分にも満たないでしょう。
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昨日はお昼前から雨が降り始めました。朝から暖かく夜になっても10℃以上の気温です。12月(11/10-12/08)の電気代を確認したところ、使用料は20%下がっていました。

ガス代も12月(11/04-12/03)の使用料は10%ほど下がっています。心がけて節電・節ガスにつとめたら燃料費値上がりの影響を軽減することができました。1月はどのようになるか楽しみです。
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兵庫県南部で生まれ育ったので、冬は晴れているのが通常感覚です。子どものころ、本で雪国の生活を知り、二階から出入りするという話にエキゾチックなものを感じました。しかし、住むにはいろいろ大変だろうと想像できます。道が乾いていて、雪かきの必要も無く、日差しが降り注ぐ冬、それが私の冬です。IMG_0896


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