優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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今日は雑節の春土用の入りです。雑節は二十四節気のほかに節分、八十八夜などさらに日本の季節を細かくつかむために設けられたものです。土用はそれぞれの季節の最後の18日間を指します。

もともと中国の陰陽五行思想に基づいており、春を木、夏を火、秋を金、冬を水とし、あまった土をそれぞれの季節の終わりに入れたという説が有力です。四季すべてにありますが、季語として歳時記に載っているのは夏の土用と寒土用だけです。

なぜなのか理由はわかりません。ただ、歳時記は六法全書のようなものではなく、その時々の実情に沿って便宜上「これをこの季節の季語としておこう」という約束ごとを集めたものといえそうです。
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一昨日から急に気温が高くなりソメイヨシノの開花も始まりました。見ごろは来週末あたりです。

目が覚めると足が強張っているのに気づきます。ずっとこういう状態ですが、眠っている間はそれから切り離されているのです。足先は触れてもほとんど感覚がないのに内部は強張って痛いという不思議な感覚です。

筋力低下はないので立ったり座ったり不自由はありませんが、足そのものの感覚が失われているためにバランスをとるのが難しいことがあります。
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ランチを終えた後、地下の「マザームーンカフェ」に席を変えて話の続きをしました。いくつかカフェがありますが、平日にもかかわらずどこも大勢の人でにぎわっています。

この店は関西一円に16店舗を展開しています。一番人気という苺のケーキは売り切れていたので、エンゼルというケーキをいただきました。シフォンケーキにキャラメルとホワイトクリームがマッチして美味しかったです。
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阪神電車の車両内には選抜高校野球大会と甲子園球場開場が今年で100年という吊り広告が掲げられていました。1924年は大正13年であり、関東大震災の翌年でもありました。この年は十干の甲、十二支の子にあたることから甲子園となりました。

今では高校生対象のコンテストが「〇〇甲子園」の名で呼ばれることも多く、すっかり普通名詞化しています。今年のセンバツは雨が多く日程に苦労しているようです。球場の多くがドーム化しており、甲子園もそろそろそういう時期では、と思いますが。
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兵庫県は標準時子午線が通っています。南から淡路、明石、神戸、三木、小野、加東、西脇、丹波、豊岡の十市です。山陽電鉄の人丸前駅近くにはそれを示す大きな看板が掲げられています。

このあたりはJR神戸線、山陽電鉄が並走します。ここを過ぎるとすぐに明石海峡大橋の全体像が目に入るようになります。
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四か月ぶりに近大病院の受診日でした。姫路の自宅から大阪狭山市の近大病院までは四本の電車とバスを乗り継いで出かけます。3時間近くかかるちょっとした小旅行です。いいお天気で沿線には梅や桃が咲き、春の景色を楽しみました。

入院時の検体を鹿児島大学に送って遺伝子検査をしてくださった結果をききました。すべての遺伝子に異常はないとのこと。これでmag抗体があることによるニューロパチーだとの診断がさらに裏付けられることになりました。
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最近見つけたジョヴァンニ・パイジェッロの一連のピアノ協奏曲が非常に気に入って聴き続けています。YouTubeのコメント欄に「彼は最も過小評価されている作曲家だ」との言葉がありました。

イタリア人以外ではほとんどの人が「YouTubeのおかげでパイジェッロという作曲家を知った」と書いており、私もそうです。その時代において彼は最も人気を博した作曲家のひとりでした。ナポレオンのお気に入りの作曲家でもあったようです。

それが彼の悲劇につながりナポレオン失脚後はすべての職から追放され、失意のうちに亡くなったとか。ここでピアノを弾いているMariaclara Monettiは彼の一族に連なる人だそうです。ご先祖のジョヴァンニはきっと喜んでいるでしょう。
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起床後、卒業式でいただいた花を飾っている部屋に入ると、花の香りが漂っていました。部屋にはできる限りなにも置かないことにしているのですが、花はいいなあと思いました。

花束にする花を選ぶためにもセンスが必要です。選んでくださる方のセンスがあれば、いただいたこちらは無造作に花瓶に入れるだけで美しい花々をしばらく楽しむことができます。
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気温の低い日が続いています。まだ二月なのだと思えば無理もない話ですが。春は寒暖差が大きいですから、あと一か月ほどは寒い日があるでしょう。昨日も雨。風はなく外に出てみないと降っているのかやんでいるのかわからないような雨でした。
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大阪七福神巡拝の最後は四天王寺です。『日本書紀』によれば、聖徳太子の命によって推古天皇元年(598)に造立が開始されました。最澄、空海、良忍、法然、親鸞、一遍など平安時代から鎌倉時代にかけての新仏教開祖も参篭しています。

度重なる災害や戦災で古い建物はほとんど残っていません。しかし、そのたびに再建され、南から北へ中門、塔、金堂、講堂を直線に配置する四天王寺伽藍配置という仏教寺院最初期の伽藍配置の形は今に伝えられ、現在の五重塔は八代目の鉄筋コンクリート造です。
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