優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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大仏殿には何度も来ていますが、何度来ても大仏様の大きさには圧倒されます。拝観は正面から入り、時計回りに大仏様の周りを回っていきます。途中、他の仏様を拝観するところもあります。
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大仏様の背後には、創建当時や最初に再建されたときの大仏殿を模型で再現したものが飾ってあります。奈良少年刑務所の受刑者が製作したと書かれていました。
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拝観の最終場面で柱くぐりがあります。大仏様の北東側にある柱に開いている穴を潜り抜けるものです。穴の大きさは縦37cm、横30cm、奥行き120cm。大きさは大仏様の鼻の穴と同じだそうです。

外国人観光客も含め、大勢並んでいましたが、10分ほど待てばよさそうだったので、挑戦。大人でも日本人女性の標準サイズなら、問題なく通れます。私の前にいた白人男性は肩幅が無理だったようで諦めていました。

四つんばいになって入り、そこから身体を横に捻るとうまく通り抜けられます。友人は、産道を通る赤ん坊みたいだと言っていました。穴をくぐると無病息災や願いが叶うなどのご利益があるとされているようです。IMG_1816




若草山に向かうときは素通りした大仏殿に今度は参拝します。東大寺ミュージアムとあわせて拝観料は1,000円でした。IMG_1809
大仏殿(正式名称は東大寺金堂)は758年(天平宝字2)に完成。1180年(治承4)には平重衡の兵火で、1567年(永禄10)には松永久秀の兵火によって焼失。IMG_1811
現在の建物は1709年(宝永6)に再建されたものです。幅57.5m、奥行き50.5m、棟までの高さ49.1mです。創建当初は幅が86mあったので、その3分の2程度になっていますが、それでもなお世界最大級の木造建築で、国宝です。IMG_1813


春雨
二月堂を出ると雨がやや強くなっていました。東大寺鐘楼の周辺で少し雨宿りしました。IMG_1804
現在の鐘楼は、重源上人のあとを継いで東大寺の大勧進となった栄西禅師が、鎌倉時代(承元年間・1207〜10年)に再建。壇上積の基壇上に建つ四方吹き放しの建物です。IMG_1805
大仏開眼と同年に鋳造された大鐘は、鐘声の振幅が非常に長く、「奈良太郎」と呼ばれ日本三名鐘のひとつです。鐘楼、梵鐘ともに国宝です。IMG_1806





大仏殿を眺めながら鏡池の南を歩き、手向山八幡宮に向かいました。この下が若草山の北入山ゲートです。IMG_1753
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手向山八幡宮は、奈良時代に聖武天皇が大仏造営を行った際、749年(天平感宝元)に宇佐から八幡宮を迎え、東大寺の鎮守としたのが始まりです。鎌倉時代の1250年(建長2)に北条時頼が現在地に移しました。
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ここの絵馬は丸く、鳩が向かい合うようなデザインです。真ん中がハート型になっているところもモダンです。IMG_1756


東大寺の南大門をくぐり、仁王像を見上げました。観光客の数が最も多いのがこのあたりでしょう。世界各地の人の顔が見えます。IMG_1745
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鹿がたくさんいて、これらの人たちから鹿せんべいをもらい写真撮影に応じています。大仏様のお顔を拝むのは下山後にして、若草山の北入山ゲートを目指しました。
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