優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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梅雨
サトイモが育って大きな葉を広げています。「芋の葉」「露」は季語として用いれば秋のものですがこの句では季語として使っておらず、季語は「梅雨」です。

季語の使い方には自分なりのルールを持っています。「季節を表す言葉が、すべての季語とされるものの中で最も強い」ということです。例えば春夏秋冬や梅雨、これらが句の中にあれば他に季語らしき言葉があろうともそれらの季語性を打ち消すということです。

歳時記には驚くような季語が載っています。例えば「髪洗う」は夏の季語です。簡単に髪を洗えなかった時代の名残です。この語から夏を連想する人など現代人にはほぼいないと思います。
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梅雨
田畑が埋め立てられて家が建てられる一方、集落の中には空き家もあります。ぱっと見ただけではわかりませんが、庭がまったく手入れされていないのでそれとわかります。

空き家問題は全国で深刻です。兵庫県でも中国山地の麓である内陸部の集落で、山裾の家々が軒並み空き家になり、庇は落ちガラス戸は破られてボロボロという様子を見たことがあります。集落消滅も近いという感じでした。

姫路市の幹線道路沿いですら屋根瓦が落ちブルーシートで覆われた空き家が放置されています。早めに解体してしまえばいいのですが、それには数百万円の費用がかかり、更地にすると税金があがります。ただ、放置して事故でも起これば、賠償金が発生します。
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梅雨
ピザの後にはカプチーノを頼みました。ダブルウォールグラスで提供され、ミルクフォームの様子を横からも眺めて楽しめます。テーブルは分厚い一枚板でできており、重厚感がありました。古民家を利用されているだけあって家具からも細やかな心配りを感じました。
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梅雨
近畿地方は6月28日に梅雨明けしました。史上最も短いわずか二週間の梅雨だったとか。橿原神宮へ参拝したころは梅雨入り直後で、これから一か月以上梅雨だと思っていました。何が起こるかわからないものです。ほとんど雨らしい雨は降らず、水不足が心配です。
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梅雨
南神門をくぐって外拝殿前の広場に入りました。実に広々としています。このすっきりと何もない広がりが「ありがたさ」を生み出しているように思います。外拝殿の向かって右手に巨大な寅の絵馬が掲げられています。奉納者は近鉄です。
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梅雨
吉野神宮一の鳥居は近鉄の吉野神宮駅近くにあります。その次が表参道入口にある二の鳥居、さらに神社前広場に至る大鳥居となります。参拝を終えて大鳥居に向かうと、これまで梅雨の雲に覆われていた空の一画に青空がのぞき始めていました。
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梅雨
元歴2年(1185)、源義経は壇ノ浦で平氏を破り平家は滅亡します。京へ凱旋した義経でしたが、その直後に兄の源頼朝と対立。頼朝の要請を受けた後白河法皇が義経追討の宣旨を発します。

義経は再起をかけて船団を組み瀬戸内海を九州へ向かったものの、暴風雨にあい難破して主従は散り散りとなります。義経は郎党や愛妾の白拍子・静御前を連れて吉野へ逃れ、ここ吉水院にしばらく潜んでいました。
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梅雨
吉水神社の書院は日本住宅建築史上最古の書院建築として世界遺産に登録されています。後醍醐天皇以外にも源義経、豊臣秀吉といった日本史上に名高い人物と縁の深い場所であり、書院内には彼らの残した文化遺産がいくつも展示されています。

花の時期であれば一目千本といわれる桜の名所です。しかし、梅雨の今は訪れる人もなく書院内をゆっくり見て回ることができました。特に義経の鎧(重要文化財)や弁慶の七つ道具は興味深いものでした。
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梅雨
青の交響曲」は11時28分に終点の吉野駅に着きました。吉野は無人駅で駅前には観光案内所と土産物屋はあるものの、シーズンオフの今はこの列車を降りた客が去れば人影もまばらです。火曜日の今日はロープウェイも休止とのことで、代替運行のマイクロバスを待ちました。
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