優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

タグ:水前寺成趣園

春天
正面入口のすぐ右手、池の西畔には、「古今伝授の間」という建物が建っています。中に入るのは有料です。細川幽斎の母は清少納言などを輩出した清原家出身です。幽斎の幼い頃は、母方の実家で育てられ、学問的に大変恵まれた環境で成長しました。IMG_1301
彼は織田信長と同年齢であり、信頼関係で結ばれ、信長旗下の勇将として近世細川家の基礎を築いた武人でした。それと同時に、和歌、連歌、能、茶の湯といった諸芸に秀でた当代一流の文化人でもありました。特に和歌においては「古今和歌集」の奥義の継承者となりました。IMG_1298
この建物は後陽成天皇の弟君・八条宮智仁親王への古今伝授に使われたもので、大正元年(1912)に旧藩からここに移築されました。関ヶ原の戦いで、丹後田辺城が西軍に包囲された時、幽斎の死によって古今伝授が途絶えることを危惧した後陽成天皇が勅使を派遣し、和睦が成立しています。IMG_1299


春の陽
水前寺成趣園では松も見事でした。ひとつひとつの松が丁寧に剪定され、日本庭園ならではの美しさ。早春でしたから、築山の芝は枯れ色で、そこに松の影が落ちていました。これだけの庭園を維持するのは大変な手間と人手がかかるでしょう。IMG_1296

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水温む
池の畔の松の影で一羽の白鷺がじっとしていました。身体の大きさなどからチュウサギかと思うのですが、はっきりわかりません。足まで見えて足が黄色ければコサギです。何か獲物を狙っていたのでしょう。首をすくめて立っていましたが、時おり首を伸ばすこともありました。真っ白な羽毛が美しく、松との取り合わせが絵になります。IMG_1291
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春の園
能楽殿から出たところで関西弁で話しながら歩いている女性たちに会いました。「どちらからですか?」とたずねると、「兵庫県です」とのこと。思いがけずご近所で、「同じですよ、どちらですか?」「加古川です」「姫路です」と話が続きました。熊本まで来て、隣町の方に会うとは奇遇です。IMG_1274
いいお天気で暖かく梅は満開で、今頃から五月くらいまでが、園内を散策するには最もいいころではないかと感じました。夏は日陰がないので暑いでしょう。むしろ真冬の方がよさそうです。雪の日の写真もありましたが、年に一度見られるかどうかではないでしょうか。IMG_1259



能は武家社会で重んじられました。細川藤孝(幽斎)も能を好み太鼓の名手であったといわれ、忠興(三斎)、忠利と代々受け継がれました。戦前まで細川家では能が愛好されました。IMG_1285
明治11年(1878)、出水神社の創建と同時に能楽殿が建てられましたが、昭和40年(1965)に焼失。現在の能楽殿は昭和天皇御在位60年を記念し旧八代城主松井家より元のこの場所に移築されたものです。8月第一土曜日には薪能が開催されています。

この日は午後2時から雅楽が演舞されるとのことで、舞台の前に椅子が並べられ、スタッフの方たちが準備中でした。IMG_1280


春の日
水前寺成趣園は東海道五十三次を模したとされており、池の東畔に富士山をモデルにしたとおぼしき築山があります。池は太平洋を表現しているのでしょうか。IMG_1273
熊本城は地震による破壊の爪あとがまだあちこちに残っていました。こちらではそういうものはほとんど残っていないように見えました。IMG_1284
しかし、この富士築山のそばまで行くと、富士山の七合目あたりに緑色の長方形のカバーのようなものがかかっているのが見えました。地震の影響を調べるため、富士築山の中を調査しているとのことでした。IMG_1287



水前寺成趣園では、園内全体に梅が植えられていて、あちこちで梅を楽しむことができます。一画に初代熊本藩主細川忠利とその祖父であり、肥後細川家初代の細川藤孝(幽斎)の銅像が立っています。IMG_1282
忠利は藤孝の長男忠興と明智光秀の娘・細川ガラシャとの間に生まれました。本能寺の変の際、光秀は藤孝・忠興父子を味方に誘いましたが、細川父子は拒否。これが光秀の滅亡を決定的にしたといわれています。IMG_1278


紅梅
2月23日の熊本は快晴で風も無く暖かでした。梅は満開で、やはり南国です。春さきは南へ、秋は北国へ行くのが季節を存分に感じられていいように思います。休日の園内で催し物がいくつかあるらしく、和装の人たちに何人も出会いました。羽織袴姿の少年もいて、いいものだなあと思いました。
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春昼
出水神社の東側には稲荷神社があります。社殿の前にはずらりと朱の鳥居が並び、京都の伏見稲荷を連想しました。IMG_1277
なぜお稲荷さんには朱塗りの鳥居がいっぱいあるのか、について伏見稲荷のHPに書いてありました。朱色は魔力に対抗する色とされ、神社仏閣には多く用いられています。原料は水銀(丹)で、木材の防腐剤でもあります。

鳥居は願い事が「通る」あるいは「通った」御礼の意味を示し、江戸時代から奉納する習慣が広がったそうです。こうして並ぶと、視覚効果があり独特の風景になります。IMG_1270



春日和
出水神社の狛犬、阿形の方はちんちんをするような格好で、吽形の方は逆立ちをしています。狛犬は神社によってバラエティに富んでいますが、逆立ちする狛犬は珍しいのではないでしょうか。石灯籠の上に乗っている、というのもあまり見ないように思います。
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