優嵐歳時記

俳句と季語。日本の自然と四季が生み出した美しい言葉を。

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須磨寺は、仁和2年(886)光孝天皇の勅命により聞鏡上人が建立した真言宗須磨寺派の総本山です。奥の院に至る道には十三仏と七福神を巡拝できるよう整備されています。それぞれの神仏の真言が記されており、それを唱えて参拝できました。
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一ノ谷の合戦でよく知られているのは平敦盛です。敦盛は清盛の弟である経盛の末子、沖の船に逃れようと汀に馬を乗り入れていたところ、背後から熊谷直実に「敵に背中を向けて逃げるとは卑怯」と呼び止められます。

その場面が須磨寺の境内に銅像になって残されています。この後、敦盛は引き返し直実と組み合って馬上から落とされます。首を切ろうと直実が兜を押し上げると、自分の息子と同じ年頃の美しい少年です。敦盛は15歳でした。

なんとか命を助けられないかと直実は思いますが、背後に味方の軍勢が迫っています。泣く泣く首を落とした直実は、武家に生まれたものの身の辛さを嘆きます。敦盛は腰に笛を携えており、昨夜戦場に響いていた笛はこの人のものであったか、と直実は悟ります。
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須磨浦山上公園でフリーで使えるのはロープウェイ、カーレーター、回転展望台の三つです。カーレーターのイメージが湧きませんでしたが、一言で言えば、みかん山のみかんを運ぶ機械を人間用に大型化したものという感じです。

籠のような座席に座りそれがゆるゆると動いていきます。乗降時も止まりません。揺れが大きくて「妊婦は乗らないでください」と書いてあるほどです。日本でここにしかない乗り物だそうで、この乗り心地の悪さが今となっては昭和感満載の懐かしさになっています。
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ランチ会の後、場所を近所のコメダ珈琲店に移して話を続けました。姫路の中心街にはあまり来ることはありません。久しぶりに来て、並んでいる店の様子などがすっかり変わっているのに驚きます。このコメダ珈琲店も最近できたものです。昔あった喫茶店はほとんど姿を消しました。
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北海道の最後の夜は白金温泉の「森の旅亭びえい」に泊まりました。こじんまりとした宿で、落ち着いた雰囲気でした。白金温泉は十勝岳の北西斜面に位置し、宿は斜面の地形を利用した和風数寄屋造りです。

夕食には地元産の魚、肉、野菜が使用され、どれも「美味しい」としか言えない素晴らしいものばかり。大浴場は小さめでしたが、部屋に露天風呂がある部屋もあるらしく、大浴場で他の宿泊客に出会うことはありませんでした。
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次に美瑛町の「四季彩の丘」へ行きました。美瑛は丘の町です。ゆるやかに起伏する丘が続き、そこにさまざまな作物や花が植えられ、それが大地をパッチワークのように彩っています。地形と人の営みが協同して作り出す独特の風景です。
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ラベンダーの最盛期には大渋滞が発生するとのことですから、今くらいの時期に観光に来るのは悪くないと思います。素晴らしい観光地でも人が多くごったがえしていると魅力は殺がれてしまいます。

北海道は鉄道が不便なのでレンタカーで回るのがお勧めです。冬になると暖かい地方の人間はとても北海道で運転できません。それを考えれば、10月は最も観光にいい時期です。
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岩崎宏美が『二重唱(デュエット)』でデビューしたのは1975年4月25日、16歳5か月の時です。同年7月25日にリリースした『ロマンス』が大ヒット。『あおぞら』はその『ロマンス』を冒頭に採用して9月5日にリリースされたファーストアルバムです。

プロとして歌い始めた16歳の初々しいボーカルを聴けます。デビュー時のキャッチフレーズは「天まで響け!」。これほどわかりやすく本質をとらえたキャッチフレーズは他にないでしょう。

どこまでも軽やかに伸びていく透明感のある声が素晴らしい。まだ声に子どもの名残があり、技術うんぬんというよりも天性の才能を活かしひたむきに歌っています。この先何十年も歌っていくことになる少女の出発点として貴重なアルバムです。
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明後日が二十四節気の処暑です。お盆過ぎから風に秋らしさを感じる様になってきました。雨もよく降るようになり、今朝も雨です。かなり日も短くなって、一日一日は意識できなくともまとまると確実に移り変わっているのが季節です。
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猪篠八幡神社のある猪篠集落は典型的な山里です。家々は斜面に作られた石垣の上に建てられており、庭もよく手入れされています。文部省唱歌「故郷」で歌われているのはこういう集落かなと思えてきます。「奥猪篠の棚田」というGoogle案内に従って、白岩山への登山口の分岐点まで行ってみました。
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