睡蓮
登山口へ向かう途中に睡蓮の咲く池があり、池の中では錦鯉が泳いでいました。『播磨鑑』によれば、建武3年(1336)建武の乱で楠木正成(南朝)との戦いに破れた足利尊氏(北朝)は九州に逃れます。

これを追う新田義貞(南朝)が播磨に侵攻。対する白旗城の赤松円心に呼応して、赤松則祐は感状山城に立てこもり50日余りに渡って新田義貞軍を足止めします。後にその功績により、足利尊氏より感状が与えられ、これが山の名前になりました。
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